俳句フォトエッセイ2026.04.03四月来る今年もやながわカレンダー小山正見桜の開花が近いこの日、今年度最後の八名川句会が行われた。始まったのは、18年も前だっただろうか。八名川小学校で俳句教育に取り組み始めた頃である。お母さん方や地域の方々を対象に始めた句会だ。それがいまだに続いている。行くのヤダ泣きごねた子も卒業すこの日の最高点の俳句だ。子供の成長と、それを見守る地域の方々の思いが見えるようだ。帰り際に4月から始まる来年度の「八名川ファミリー」をいただいた。八名川小学校90周年の行事があった。今から20年前のことだ。式典と祝賀会だけで終わってはもったいない。残す財産はできないか?と考え、当時のPTA会長の白川さんと案を練ったのが、八名川ファミリーという学校応援団の創設だった。白川さんの口癖は「みんなが少しずつ無理しよう」だった。小さな学校を支えたのはこうした心意気だった。やがて、この八名川ファミリーは、学校支援本部に繋がり、今のコミュニティスクールの礎にもなった。その象徴が、八名川ファミリーカレンダーである。原点は五反野小の三原校長だった。当時三原校長は民間人校長として有名だった。ぼくはあるシンポジウムで彼と同席した。そこで見せていただいたのが「学校カレンダー」だった。「これはいける!」学校に帰って、早速白川さんと相談した。そしてできたのが、八名川ファミリーカレンダーの第1号だった。学校行事を全て書き込み、給食の有無も添えた。画期的だったのは、広告が60件入ったことだ。広告を集めたのは、白川さんと八名川ファミリーのネットワークの力だ。印刷代を除いた資金は、八名川ファミリーの活動資金になり、学校にも寄付された。学校が地域に支えられ、地域と結びついているその象徴がカレンダーに盛り込まれている。今年も変わらず60件の広告が掲載されている。もうすぐ卒業式だ。八名川には「少しずつ無理しよう」という白川さんの言葉がまだ生きている。
桜の開花が近いこの日、今年度最後の八名川句会が行われた。
始まったのは、18年も前だっただろうか。
八名川小学校で俳句教育に取り組み始めた頃である。お母さん方や地域の方々を対象に始めた句会だ。
それがいまだに続いている。
行くのヤダ泣きごねた子も卒業す
この日の最高点の俳句だ。
子供の成長と、それを見守る地域の方々の思いが見えるようだ。
帰り際に4月から始まる来年度の「八名川ファミリー」をいただいた。
八名川小学校90周年の行事があった。今から20年前のことだ。
式典と祝賀会だけで終わってはもったいない。残す財産はできないか?と考え、当時のPTA会長の白川さんと案を練ったのが、八名川ファミリーという学校応援団の創設だった。
白川さんの口癖は「みんなが少しずつ無理しよう」だった。小さな学校を支えたのはこうした心意気だった。
やがて、この八名川ファミリーは、学校支援本部に繋がり、今のコミュニティスクールの礎にもなった。
その象徴が、八名川ファミリーカレンダーである。原点は五反野小の三原校長だった。当時三原校長は民間人校長として有名だった。ぼくはあるシンポジウムで彼と同席した。そこで見せていただいたのが「学校カレンダー」だった。
「これはいける!」
学校に帰って、早速白川さんと相談した。
そしてできたのが、八名川ファミリーカレンダーの第1号だった。学校行事を全て書き込み、給食の有無も添えた。
画期的だったのは、広告が60件入ったことだ。広告を集めたのは、白川さんと八名川ファミリーのネットワークの力だ。印刷代を除いた資金は、八名川ファミリーの活動資金になり、学校にも寄付された。
学校が地域に支えられ、地域と結びついているその象徴がカレンダーに盛り込まれている。
今年も変わらず60件の広告が掲載されている。
もうすぐ卒業式だ。
八名川には「少しずつ無理しよう」という白川さんの言葉がまだ生きている。