【初心者歓迎】俳句フォトの会 会員申込はこちら

季語冬ざれ

(ふゆざれ)[冬]

冬、草木が枯れ、あたりがさびれ荒れた感じになること。

この季語の俳句フォト:3句

← 俳句フォト歳時記へ

俳句フォトエッセイ

冬ざるる復興公園の静寂(しじま)

一ヶ月ほど前、復興公園については書いた。写真のこの場所はその時と同じ千代田区立九段小学校に隣接した復興公園である。すぐそばに東郷平八郎元帥が住んでいたことから、通称東郷元帥記念公園という。関東大震災の教訓から公開緑地が火事の延焼を食い止めたという教訓が生かされた形だ。この復興公園で思い出すのはぼくの勤めていた八名川小学校である。同じように復興公園が併設されている。八名川小のある江東区森下は、1945年3月10日の東京大空襲で最も被害の大きかった地域である。火が燃え盛る中で小学校の校舎に多くの人が避難した。熱のため、校舎の中で亡くなった方も多かったようだ。

俳句フォトエッセイ

冬ざるる朝の歯医者の待合室

今日の朝は寒い。空は曇っている。冬の空だ。朝一番で歯医者に行った。今日は一本歯が入る。子供の時から歯医者には恐怖感がある。歯を何本も抜かれた恐怖が残っているのかもしれない。先日も「あなたは型を取るとウェーとなるからねぇ」と笑われてしまったが、意気地がないのだ。緊張がそのまま顔に出るらしい。恐怖や困難、痛みや気持ち悪さにどう対処できるかは、生きる力そのものだ。10年以上前だが、大腸にポリープがあって切除したことがある。その下剤が飲めなかった。普通の人が日帰りで済むところを病院に二泊した。意気地がないのだ。今まで生きてきたのは運としか言いようがない。ぼくにはもう一つ重大な弱点がある。

俳句フォトエッセイ

冬ざれて枯山水の如くなり

思い通りの写真が撮れなかったが、とある場所のビオトープらしきものである。上手く設計されてはいると思う。写真では見づらいが、小高くなった場所から水が流れ落ちる仕掛けになっており、(写真からは外れているが)下に浅い池があり植物が繁茂している。現在では水か停められているので、枠組の岩だけが目立つ。水路だったところには枯葉が散っている。「枯山水ではないか」と一瞬思った。枯山水を最初に見たのは京都龍安寺の石庭である。中学だったか、高校だったかの修学旅行だった。それからは、京都に行く度に石庭を見て回った。庭に興味を持ったのは祖父が「盆景」の家元だったからかもしれない。