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季語歳晩

(さいばん)[冬]

年の暮れ。一年が終わろうとするころ。

この季語の俳句フォト:3句

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俳句フォトエッセイ

歳晩や石田波郷を語り合ふ

ある日、江東区の広報課から電話があった。用件は「波郷記念館で区長と対談してほしい」というものであった。区長とは大久保ともか氏である。一度日程が合わないからと断ったら、別日を指定された。波郷のことなら僕より詳しい人がたくさんいると思ったが、折角の機会なので受けることにした。石田波郷は、戦後の大俳人である。戦後江東区に住み『江東歳時記』を著した。ぼくが波郷の句に出逢ったのは、「初蝶や我が三十の袖袂」だと記憶している。「バスを待ち大路の春を疑はず」の青春性にも惹かれた。しかし、波郷の生涯の全体を見ると結核との闘いだった。七夕竹惜命の二字隠れなし今生は病む生なりき鳥兜などの句には涙を禁じえないほどだ。

俳句フォトエッセイ

歳晩の待合室の人の数

不覚にも腰を痛めた。痛めたというより、勝手に痛くなってしまった。最初は僅かな違和感だけだったが日を追うごとに痛みが強くなった。その感じが、三年前の坐骨神経痛に似ている。その時は、整体に通って治した。しかし、二回目だ。「大きな病院でちゃんと診てもらったほうがよい」という助言に従い、近くの関東労災病院に行くことにした。関東労災はスポーツ整体で有名な病院だ。電話したら「紹介状がないと受け付けない」と言う。粘ったが、埒があかない。整形外科に行って、紹介状をもらえと言うわけだ。でも、それって少し失礼ではないか。オタクの病院は信頼できないからと言っているようなものだ。

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歳晩やディープな街の奥の奥

「よく色々なところに行っていますね」と言われる。確かに、そう言われればそうかもしれない。先週から今週にかけて、芭蕉記念館にも行ったし、現代俳句協会の事務所にも行った。更に三日間も出張俳句教室に出かけた。今日は、葛飾区の立石である。区役所の前にある葛飾区のナンバースクールと呼ばれるような学校を訪問した。ぼくが葛飾区に勤務していた頃、この学校の校長は向山行雄だった。彼は、教育法則化運動で一躍有名になった向山洋一の弟である。飛び抜けて頭の回転が早い切れ者だった。その後中央区銀座にある泰明小学校の校長になり、全国連合小学校長会の会長も務めた。