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季語猫の恋

(ねこのこい)[春]

春、発情した猫が相手を求めて鳴きながら騒ぎ歩くこと。

この季語の俳句フォト:2句

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俳句フォトエッセイ

猫の恋どうしたものか僕の恋

実にユーモラスな俳句である。そして、何となく切実感もある。実は、第23回深川芭蕉小中学生俳句大会で区長賞を獲得した句なのだ。写真は、表彰式で作者が大久保区長から賞状を受け取っている場面である。ぼくは、この大会に第2回目から関係している。紆余曲折を経て今日に至っている。現在この大会は深川神明宮が支えてくれていると言っても過言ではない。その努力には頭が下がる。それにしても江東区内のほとんど全ての学校から27500を超える応募がある。考えてみれば、相当なものだ。今年のぼくの役割は中学生の俳句の講評をすることだった。改めて受賞句を読み直してみた。小学生の句を読み、もう一度中学生の俳句を読む。

俳句フォトエッセイ

猫の恋かれてしまつた木の根元

忸怩たる思いだ。何で枯れてしまったのか、否、枯らしてしまったのか。我が家は緑の多いうちだった。煉瓦塀には、アイビーが繁茂している。庭では紫陽花が花をつける。ローズマリーやラベンダーの鉢がいくつも並んでいた。「我が家の緑」と題するフォトブックを作ったこともあるほどだった。妻が植物を愛していたからだ。妻は毎日植物に水をやった。散水用の長いホースで庭の隅々まで。暑い日も寒い日も。その妻が施設に入居した。それを悲しむように、ラベンダーが枯れた。あの強靭なローズマリーも枯れた。気づいた時には手遅れだった。緑豊かだった家の前には殺風景な大きな植木鉢だけが無惨に残された。僕のせいだ。