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季語秋高し

(あきたかし)[秋]

空気が澄んで、空が高く感じられる秋の晴れた日。

言い換え(傍題):天高し

この季語の俳句フォト:4句

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俳句フォトエッセイ

天高し品格のある麻布の子

45歳で教頭として赴任した麻布小学校で学んだことは、山のようにあった。平の教員の時には好き勝手に発言し行動すれば良いが、教頭となるとそうはいかない。お殿様である校長先生の意図を読み取り、実現のために動く家老のような存在。それが教頭の立ち位置である。「区の研究指定校を受けたい」指定校を受ければ、仕事が大変になる。先生方の多くは反対する。当時の学校はまだまだ組合の力も強かった。説得し、抑え込み、できるだけしこりを残さずに実現するのが教頭の腕ということになる。「品格ある麻布の子」というのは、麻布小学校の昔から伝統的な校訓だった。

俳句フォトエッセイ

歩み行く 大山街道 秋高し

川崎に長年住んでいるのに「大山街道」について、何一つ知らなかった。知ったのはNHKの「ブラタモリ」、三軒茶屋編を見たからである。大山街道は東京・赤坂から神奈川県伊勢原市の大山を結ぶ。全長は約70キロ。大山は標高1252メートル。雨降山ともいわれ、大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ)のある信仰の山だ。江戸時代の中期には「大山詣(まい)り」が大流行し、二子や溝口の宿場は大いに栄えたらしい。江戸時代の旅行はなかなか許可が下りなかった。しかし、神社仏閣への参詣は大目に見られたようだ。「お伊勢参りまではできないが、大山ぐらいまでなら」といったところだろう。

俳句フォトエッセイ

ブレーメンフライマルクト秋高し

東急線元住吉の駅前である。西口のこの通りをブレーメン通りと言う。ぼくが子供の頃は元住吉西口商店街と言っていた。いつの間にかこの通りが「ブレーメン通り」となり、駅前にはブレーメンの音楽隊の像が建てられてた。名前が変わったのは1980年代の後半らしい。丁度バブルの全盛期である。全国各地でスーパーマーケットが力を増し、駅前の個店は窮地に立たされてつつあった。この危機を救おうと市と協力してモール化する構想が生まれた。商店街の道を石畳にし、街灯などもヨーロッパ調に統一。名前も色々探し「ブレーメン商店街」に決めたらしい。この通りに今はバスは通っていない。12時を過ぎると車も進入禁止だ。

俳句フォトエッセイ

八名川は聖地の一つ秋高し

「聖地」というのは、僕にとってのという意味である。江東区立の八名川小に赴任したのは21年前のことである。6年間在籍したが、その後もなんだかんだと出入りしている。八名川小の靴箱にはまだぼくの名前が残されている。この八名川町の古地図、実は東京駅の「銀の鈴」のある床にプリントされているものだ。新大橋の位置は今とは違っているように見える。現在は「八名川町」という地名はなく、常盤町や新大橋になっている。「八名川」の地名が残っているのは、小学校とその隣の八名川公園だけである。その八名川小に赴任して最初に掲げたスローガンは「ワンランク上の教育」というものだった。丁度、学校選択制が始まった頃である。