聖母月ニコライ堂の見ゆる橋
僕の父・小山正孝と母・常子は、戦前の日本出版会で出会った。1944年のことである。初めてのデートの約束は、お茶の水の聖橋だった。この時、常子には、当時お見合いをした婚約者がいた。しかも挙式を2週間後に控えていた。(この事情を母は、92歳になって「丸火鉢」という小説に書いている)戦時色とは凡そ掛け離れた空色のドレスとハイヒールを履いて、常子は聖橋をニコライ堂のドームに向かって歩いて行く。正孝は、ドームを背に歩いてくる。橋の中央で二人は出会い、目を合わせて手を差しのべる。常子は、この時のことを「主人は留守、しかし・・・」というエッセイに「聖橋のデートの模様は出来すぎである。


