俳句フォトエッセイ青芝の洋々として学舎立つ2024.06.30江東区立八名川小学校である。六年間在籍した。自分にとって最後の学校だ。思い出は数限りない。学校選択制の時代、着任した当時の児童数は、百六十人。それが退職する六年後には、三百三十人を超えた。「悲願の二クラス」にもなった。廃校の危機からは完全に脱出できた。「ワンランク上の教育」とか「夏休みこどもは家庭に返さない」「江東区の子どもに新大橋は渡らせない」(中央区への越境を食い止める)など、チープなスローガンを乱発してやりたい放題だった。