うねうねと花芽伸ばしぬ紫木蓮
前にも書いたが、ぼくは毎週この道を通って妻が世話になっているグループホームに通う。この紫木蓮は瀟洒な住宅の庭にある。つい先日、毛むくじゃらの花芽が姿を見せたかと思ったら、もう花が開き始めた。季節の移ろいは早い。紫木蓮で思い出すのは、鈴木真砂女の句だ。戒名は真砂女でよろし紫木蓮紫木蓮が坊主の袈裟を思わせる。取り合わせの傑作だ。考えてみれば、我が家も戒名に無関係だ。父の小山正孝の戒名はない。母の常子の戒名もない。それどころか、仏壇もなければ位牌すら無い。葬儀は葬儀社を通して禅宗の僧侶に頼んだのは、正孝が禅というものに興味を示していたからに過ぎない。

