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かわさき俳句フォト

俳句フォトエッセイ

ファイティングポーズで春を迎へたし

誰が見ても良い写真だろう。一見爺さんと孫娘という感じだ。あんまりいい天気で暖かいので、市内の公園に散歩に出掛けた。泡よくば「かわさき俳句フォト」の題材も一緒に探せたら良いとの下心もあった。そこで出会ったのが、写真の右側の女性である。公園の階段を男性と女性の二人で駆け上がっていく。それが並のスピードではない。正にダッシュだ。それを何本も繰り返している。「これはただものではない!」何かのスポーツに取り組んでいる人なのだろうとは容易に想像がつく。あまりにその姿がすごいので、興味を持って尋ねてみた。「何の競技をされているですか」すると、驚くべき答えが男性から返ってきた。

俳句フォトエッセイ

新春の川崎港を一望す

川崎駅からバスで約30分。工場街を抜け、海底トンネルをくぐった先に川崎マリエンはある。地上51メートルの展望台から川崎港を一望できる建物だ。川崎は、この港から世界につながっている。川崎マリエンは、姿が見えにくい川崎港の役割を市民に理解してもらうことを目的に建てられたものだ。マリエンとは、海を意味する「マリン」と「エントランス」(玄関)をつなぎ合わせた造語である。その周りは公園になっており、テニスコートなどが広がっている。展望台のすぐ下には輸出用の自動車が並んでいる。川崎港はどうやら自動車メーカーSUBARU(スバル)の有力な積み出し港になっているらしい。コンテナターミナルも見える。

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歩み行く 大山街道 秋高し

川崎に長年住んでいるのに「大山街道」について、何一つ知らなかった。知ったのはNHKの「ブラタモリ」、三軒茶屋編を見たからである。大山街道は東京・赤坂から神奈川県伊勢原市の大山を結ぶ。全長は約70キロ。大山は標高1252メートル。雨降山ともいわれ、大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ)のある信仰の山だ。江戸時代の中期には「大山詣(まい)り」が大流行し、二子や溝口の宿場は大いに栄えたらしい。江戸時代の旅行はなかなか許可が下りなかった。しかし、神社仏閣への参詣は大目に見られたようだ。「お伊勢参りまではできないが、大山ぐらいまでなら」といったところだろう。

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ブレーメンフライマルクト秋高し

東急線元住吉の駅前である。西口のこの通りをブレーメン通りと言う。ぼくが子供の頃は元住吉西口商店街と言っていた。いつの間にかこの通りが「ブレーメン通り」となり、駅前にはブレーメンの音楽隊の像が建てられてた。名前が変わったのは1980年代の後半らしい。丁度バブルの全盛期である。全国各地でスーパーマーケットが力を増し、駅前の個店は窮地に立たされてつつあった。この危機を救おうと市と協力してモール化する構想が生まれた。商店街の道を石畳にし、街灯などもヨーロッパ調に統一。名前も色々探し「ブレーメン商店街」に決めたらしい。この通りに今はバスは通っていない。12時を過ぎると車も進入禁止だ。

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タワマンの聳ゆる街に流れ星

写真は武蔵小杉の高層マンション群である。ぼくが子どもの頃、武蔵小杉は何もないところだった。東横線改札の東側は工場で立ち入ることすらできなかった。NECや富士通の工場や研究所、社宅などが立ち並んでいた。明治製菓の工場もあったような気がする。流れが変わったのは1990年代の後半だ。工場が次々と移転し始めた。バブル崩壊とも関係があるのだろう。最初のタワマンが建ったのは2008年のパークシティ武蔵小杉ミッドスカイタワーである。53階、高さは203メートルにもなる。現在は15棟ほどの高層マンションが林立する街になった。グランツリーなど大型の商業施設も充実している。

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刀折れ矢尽きたれど薔薇の赤

ここは、俳句研修会で訪れた江東区立北砂小学校のエントランスである。一輪の薔薇が健気に咲いている。この暑さの中である。全身創痍!花びらは破れ、朽ちかけている部分もある。それでも強烈な赤はそのまま保たれている。北砂小学校へは都営地下鉄新宿線の西大島駅で降り15分程歩く。途中、小名木川を渡る。小名木川は、旧中川と隅田川を結ぶ人工の運河で江戸時代に掘削された。小名木川の由来はこの地を開拓した小名木四郎兵衛に依るという説が有力だ。その小名木川の南側の土手に北砂緑道公園がある。その入口に俳人石田波郷の句碑が立てられている。

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 新涼の工場夜景てふ穴場

川崎駅からバスで約20分。ここは、川崎区水江町である。運河の向こう側には東亜石油や日本触媒の工場の灯(あか)りが広がっている。暗い空が燃え上がるかのようだ。しばらく眺めていたら、後ろから足音がドヤドヤと聞こえてきた。観光バスが着いたのだ。工場に囲まれたこの場所は、今や工場夜景見学ツアーの中心になっている。いしだあゆみさんの「ブルー・ライト・ヨコハマ」をご存じだろうか。150万枚売れた伝説的なヒット曲である。1968年発売というから今から半世紀以上前の話だ。作詞の橋本淳さんは、この曲のモチーフにしたのは「川崎の工業地帯の青白い灯り」だったと語っている。

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梅雨近ししばられ松の摩訶不思議

向ケ丘遊園から梶ケ谷に向かうバスに乗った。東急バスの路線で、系統番号は「向01」。ふと、路線図の中に「しばられ松」というバス停を見つけた。なぜ縛られているのか-。その奇妙な名前が頭に残っていた。先日、友人から「昔ばなしを語ろう会・かわさき」の朗読会に誘われた。この会は「昔ばなし大学」を全国で開講されてきた多摩区在住の口承文学者、小澤俊夫さん(世界的指揮者である故・小澤征爾さんの兄上)の活動に刺激されて生まれたという。その日、会場の多摩区役所生田出張所には20人近くが集まっていた。そこで朗読された話の一つが、あのしばられ松の昔話だった。しばられ松は昔から語り継がれてきた民話の主人公だった。

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川崎は バスの街なり 夏兆す

5/18付東京新聞川崎版に「小山正見のかわさき俳句フォト」が掲載されています。どうぞご覧ください。 https://www.tokyo-np.co.jp/article/405572 川崎駅を出発するバス路線は驚くほど多い。埋め立て地先端の扇島に向かうバスもあれば、ディズニーランドへの直通バスもある。川崎区では、網の目のようにバス路線が張り巡らされている。ワンコイン100円で市立川崎病院へ行けるバスまである。多摩区など西部の各区も同様だ。大きく広がった住宅街の生活には車が必須。なければバスに頼るしかない。高齢化が進めば、バスの役割は一層大きくなるに違いない。

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新緑に飛び出せのび太ドラえもん

東京新聞川崎阪4月27日付け、小山正見のかわさき俳句フォト https://www.tokyo-np.co.jp/article/401310?rct=kanagawa 桜が終わったかと思ったら、あっという間に緑が広がった。藤子・F・不二雄ミュージアムは、新緑がまぶしい生田緑地のふもとにある。登戸駅前から直通バスで約10分。あのキャラクターたちが出迎えてくれる。藤子不二雄は、オバQをはじめ、さまざまなヒット作を世に出した漫画界のレジェンドだ。藤子不二雄は、藤本弘(藤子・F・不二雄)と安孫子素雄(藤子不二雄A)の二人のユニットの名前である。