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アブラナ

俳句フォトエッセイ

彼方までそのまた彼方まで花菜

与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」の句はあまりに有名である。この句の菜の花は、もちろん一本ではない。蕪村の句の背景には各地に広大な菜の花畑が広がっていたという事実があった。アブラナと呼ばれるように菜の花は調理油だけでなく、行灯や燈明などの燃料として、夜を照らす油だった。菜の花は江戸時代のかけがえのないエネルギーだったのである。当時は、それこそ果ても見えないほど菜の花が栽培されていたと想像できる。今、それに最も近いのは千葉のマザー牧場だろう。300万本の菜の花が山を覆う。昭和記念公園など都内にも菜の花の名所がある。その一つが都心にある浜離宮だ。

俳句フォトエッセイ

ぐいぐいと頭もたぐる花菜かな

雨がやんで、急速に気温が上がった。一雨ごとに春が来ると言うが、本当だ。一夜のうちに、菜の花の背が伸び花が生き生きとしてきた。聞こえるわけではないが、音を立てて菜の花が成長しているように感じられる。菜の花の原産地は、地中海あるいは中近東のトルコ辺りと言われているが、弥生時代には既に日本に入ってきたようだ。和名は「アブラナ」。その名の通り、菜種油を取るために栽培されたのだろう。そう言えば、子どもの頃飼っていた鳩の餌に黒く小さな菜種を混ぜたことがあった。潰せば油が滲み出てきそうだった。「菜」というのは、食べられるものという意味だから、菜の花は「食べられる花」だろうか。