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与謝蕪村

俳句フォトエッセイ

彼方までそのまた彼方まで花菜

与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」の句はあまりに有名である。この句の菜の花は、もちろん一本ではない。蕪村の句の背景には各地に広大な菜の花畑が広がっていたという事実があった。アブラナと呼ばれるように菜の花は調理油だけでなく、行灯や燈明などの燃料として、夜を照らす油だった。菜の花は江戸時代のかけがえのないエネルギーだったのである。当時は、それこそ果ても見えないほど菜の花が栽培されていたと想像できる。今、それに最も近いのは千葉のマザー牧場だろう。300万本の菜の花が山を覆う。昭和記念公園など都内にも菜の花の名所がある。その一つが都心にある浜離宮だ。

俳句フォトエッセイ

振り向けば石蕗の花の黄そこに在り

「石蕗」(つはぶき)と書いて、「つは」とも読む。鮮やかな黄色の花だ。花が少なくなる冬に咲く。鮮やかな黄色なのに、静かで控えめな感じがするのは、ぼくだけではないだろう。いかにも、振り返ったら、そこにあったというような風情なのだ。一つには、石蕗の花が日陰や半日陰の土地を好むからであろう。表通りというより、どちらかと言うと裏通りが似合う。多くの花が外国由来だが、石蕗の花の原産地は日本である。九州では、昔石蕗を食用にしたとの記述が牧野富太郎博士の『牧野日本植物図鑑』にあるらしい。茶道では客を茶室に導く露路に植える代表的な花の一つとされる。茶花として茶室に控えめに活けられることも多い。