【初心者歓迎】俳句フォトの会 会員申込はこちら

俳句フォトエッセイ

俳句フォトエッセイ

勝者有らば敗者も有りて年を越す

今年の漢字は「熊」だった。この一年で熊に襲われた人は200人を上回るそうだ。人間の世の中にも熊のような野蛮や攻撃性が満ちた一年だったと感じる。その中で、ワクワクするような希望をもたらしてくれたのは大谷翔平だった。ワールドシリーズでのドジャースの勝利と大谷翔平の活躍は一筋の光のようにすら感じられた。年末に大谷翔平の特集映像がNHKでも民放でも繰り返し流された。ホームラン3本、7回まで10奪三振という活躍。延長18回の試合での5回連続の敬遠。大谷の活躍は正に超人的だった。試合は手に汗にぎる接戦、見直してみると、ブルージェイズとどちらが勝っても不思議がない。運が作用したとしか思えない場面も多い。

俳句フォトエッセイ

まろやかに「拓(ひらく)」てふ名の新酒かな

今月も「拓」が届いた。「拓」は大垣の西田拓郎先生が主宰する俳句雑誌である。表紙が毎月変わり実に新鮮だ。その36号がこれ。なんと驚く「あらばしり」(新酒)である。西田拓郎先生の名前を知ったのは、15年以上前のことだ。『新学習指導要領対応たのしい俳句の授業』よくまとめられていて、共鳴するところが多かった。西田先生が校長をされていた大垣市立墨俣小学校に日本学校俳句研究会の仲間で押しかけたのは、まだコロナの最中だったと思う。退職された後、どうなさるのだろうかと思っていたら、名古屋芸術大学の教授に就任されると同時に「拓」が創刊された。俳句結社を作り、維持するのは並大抵ではない。そこに挑戦されたのだ。

俳句フォトエッセイ

春夕焼またこの場所に来ています

散歩の続きである。「お店の人」というより、「家の人」という感じの女性に掛軸の由来を尋ねてみた。ご先祖がご商売をされていて、東郷家に出入りしていたような話をして下さった。この近くには「奥沢海軍村」というのがある。関東大震災の後、海軍省のある虎ノ門と横須賀の両方に行きやすいというので、海軍士官が住み始めたのがきっかけらしい。現在も当時の面影が残っているという。この地に東郷平八郎!ぴったりだ。ゆるい坂を下ると南国飯店がある。ここで一度小山正孝を顕彰する「感泣亭例会」を開いたことがある。現在のスペース感泣亭ができる前のことだ。南国飯店を見て、自由が丘に行くならあの場所に行かなくてはと思い出した。

俳句フォトエッセイ

父母の出逢ひし橋や春隣

父と母の最初のデートの出逢いの場所が御茶ノ水の聖橋であったことは以前に書いた。調べたら聖母月ニコライ堂の見ゆる橋という俳句フォトエッセイだった。昨年の5月の終わり頃である。二人の出逢いがなければ、ぼくは今この世に存在しない。父正孝は詩人として一生を終えた。丸山薫賞をいただき、現代詩人会で毎年、二人程度に贈られる先達詩人の称号を得ているので、それなりの詩人として評価されていたのだろうが、父が死ぬ直前までぼくは父の仕事に興味がなかった。父の作品も読んだことがなかった。父の作品に触れたのは、詩人としての正孝を顕彰する感泣亭の活動を始めてからだ。