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俳句

お知らせ

【2025年4月27日】川崎市王禅寺 俳句フォト吟行を開催します!(募集締切りました)

(俳句フォトの会主宰)特別ガイド:白井理先生(元川崎市立柿生中学校の教頭先生)内容白井理先生(元川崎市立柿生中学校の教頭先生)の地域に根差した案内のもと、春の王禅寺周辺を散策します。柿生地区で長年教育に携わり、地域の歴史や文化に精通した白井先生ならではの視点で、普段は気づかない魅力を発見できます。その場所の魅力や季節感を写真に撮り、俳句と組み合わせた「俳句フォト」を創作する吟行(散策しながら俳句を創作する活動)です。俳句フォトの会主宰・小山正見が丁寧に指導いたします。スマートフォン一台で撮影から俳句フォト制作までを行います。

お知らせ

【本日開始】「みんなで楽しむ俳句フォト(井田編)第二回」作品展示会がスタートしました(3月26日)

により厳選された作品の数々を展示しています。写真と俳句が織りなす季節の風景をぜひお楽しみください。会場では参加者一人ひとりの感性が光る作品をゆっくりとご鑑賞いただけます。展示詳細期間: 2025年3月26日(水)〜4月5日(土)時間: 12:00〜17:00 場所:モトスミ・ブレーメン通り商店街コミュニティセンター神奈川県川崎市中原区木月1丁目29-18 入場料:無料春の訪れを感じる特別な展示会に、ご家族やご友人をお誘いあわせの上、ぜひお立ち寄りください。皆様のご来場を心よりお待ちしております。これまでの活動 2月22日に開催したワークショップの様子は、以下のページをご覧ください。

俳句フォトエッセイ

花ミモザぼくは一点お洒落主義

この帽子、ぼくは相当に気に入っている。これで、傍に黄色いミモザの花があったら、春爛漫だ。俳句では普通「ぼくは」とは言わない。何も書かなければ「ぼくは」に決まっているからだ。この「ぼくは」は人に勧めるつもりはないという意味の「ぼくは」である。(ホントかな?)裏地を見せられないのは残念だ。青く輝く窯変天目のようなのだ。この帽子を作ってもらったのは学芸大学にあるヴィリジアンと言う帽子屋さんである。10年ほど前、学芸大学で降りた。古い鰻屋があったのを思い出したからだ。しかし、既に閉店していた。その代わりに見つけたのが、工房とショールームを兼ねた帽子屋さんだった。これがヴィリジアンである。

お知らせ

「みんなで楽しむ俳句フォト(井田編)第二回」作品展示のお知らせ

2025年2月22日(土)にBe NEXTもとすみで開催された「みんなで楽しむ俳句フォト(井田編)第二回」の作品展示会を開催いたします。参加者の皆様から寄せられた俳句と写真の作品を、ぜひご覧ください。展示詳細期間: 2025年3月26日(水)〜4月5日(土)時間: 12:00〜17:00 場所:モトスミ・ブレーメン通り商店街コミュニティセンター神奈川県川崎市中原区木月1丁目29-18 入場料:無料季節の移ろいを捉えた写真と俳句の融合による作品の数々は、日常風景の魅力や季節感を感じる特別な時間です。観賞スペースで、俳句フォトの世界をどうぞゆっくりお楽しみください。

お知らせ

iTSCOMのYouTubeにて「みんなで楽しむ俳句フォト(井田編)第二回」の模様が公開されました(3月12日)

ケーブルテレビiTSCOMの番組「イッツコム地モトNEWS」で放送された「みんなで楽しむ俳句フォト(井田編)第二回」の模様が3月12日(水)に同局のYouTubeチャンネルでもされました。詳しくは以下、YouTubeをご覧ください。 https://youtu.be/KDcO0IMb-2M?si=PJxS9LBx0VRLoYrA 「イッツコム地モトNEWS」については、以下ホームページをご覧ください。

俳句フォトエッセイ

春の月これぞふわとろオムライス

オムライスは大好物だ。元住吉のゆうき亭のオムライスが最高だが、次に好きなのは、ここ「ぽわるぅ」のオムライスである。この店は昨年の七月にオープンした。その前は、50年続いた惣菜屋だった。その閉店を残念がったその後にできたのが、この店だ。看板にふわとろオムライスとある。流行りの「ふわとろ」である。「ふわとろ」を期待して店に入った。出てきたのが、写真と同じオムライスである。「ちっともふわとろじゃない!」がっかりした。モノを知らないと言うのは恐ろしい。次に友人一緒に行った。その友人がフォークで卵を切り始めた。すると中から「ふわとろ」が顔を見せ始めた。開くとしっかりフワトロになった。見事だ。

俳句フォトエッセイ

唐突に春満月に出逢ひけり

まずは、お礼。昨日「如月のダウンの白のインパクト」をアップしたが、それに対して「如月のダウンコートの白さかな」との修正案をいただいた。どうしても、その時の印象が強いと、そこに引きずられてしまう。過剰に言葉に頼ってしまう結果になる。「白さかな」で十分白は強調されている。如何に気持ちを抑えることができるかが大切だと思った。ありがとうございました。肉眼で見た満月は大きい。写真にするとこんなに小さいのかとがっかりしてしまう。句集『大花野』の最後の句は「春満月」の句だった。春満月道なき道を照らしをり正見今、写真のように春満月は小さくなり光も弱くなっているが、道はまだまだ続いている。

俳句フォトエッセイ

うねうねと花芽伸ばしぬ紫木蓮

前にも書いたが、ぼくは毎週この道を通って妻が世話になっているグループホームに通う。この紫木蓮は瀟洒な住宅の庭にある。つい先日、毛むくじゃらの花芽が姿を見せたかと思ったら、もう花が開き始めた。季節の移ろいは早い。紫木蓮で思い出すのは、鈴木真砂女の句だ。戒名は真砂女でよろし紫木蓮紫木蓮が坊主の袈裟を思わせる。取り合わせの傑作だ。考えてみれば、我が家も戒名に無関係だ。父の小山正孝の戒名はない。母の常子の戒名もない。それどころか、仏壇もなければ位牌すら無い。葬儀は葬儀社を通して禅宗の僧侶に頼んだのは、正孝が禅というものに興味を示していたからに過ぎない。

俳句フォトエッセイ

春を待つ如何にも干支の顔をして

陶芸教室の前に並べられた干支の小さな植木鉢だ。古い木造の陶芸小屋の中ではレッスンが行われている。もう使われていない煉瓦の窯は魯山人の窯だと誰かが言う。その庭で珈琲を啜りながら一時を過ごした。蝋梅が香ってくる。Mさんが、「これは、同じ蝋梅でも素心蝋梅というのよ」と教えてくれた。まだ寒の内だが、風もなく暖かい。日差しは春のようだ。道の脇には著莪が群れている。「花の咲く頃来たら綺麗でしょうね」北鎌倉の吟行会である。今日の目的地の一つは、浄智寺である。鎌倉十井の一つ、甘露の井があり、階段をのぼると花頭窓のある鐘撞堂が待っている。鎌倉七福神の一つ布袋尊が如何にも穏やか表情を浮かべている。

俳句フォトエッセイ

ぽつねんと守衛が一人冬深む

ここが何処だかお分かりであろうか。実は日本銀行なのだ。日本橋を歩いていたら、突然ここに出た。まじまじと日本銀行を眺めるのは、初めてのことだ。新しく精緻な紙幣が発行されたが、電子マネーに押されて現物は使われない時代になってしまった。失われた三十年と言われるが、日本経済は一体どうなってしまったのか。玄関に立つ守衛も何となく頼りなげに見える。日本銀行で思い出したのは大俳人金子兜太だ。兜太は日本銀行に定年まで勤めた。「窓際族どころでなく、窓奥族であったからものが書けた」と述べている。金子兜太は、俳句界の一方の雄であった。現代俳句協会を率い、影響力は俳句界にとどまらなかった。