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新大橋

俳句フォトエッセイ

春隣ひかり眩しき隅田川

大寒である。一年で一番寒いと言われる日だが、陽射しは既に春の装いだ。写真は、東京を代表する川、隅田川。かつては大川と呼ばれた。夏の花火大会の源流は江戸時代まで遡ることができる。高度成長期には、下水道処理が追いつかず、一時は「死の川」とまで呼ばれた。しかし、現在では生態系も戻り、河岸のテラスもよく整備されてきている。ランニングをする人、散歩を楽しむ人、釣糸を垂れる人もいる。隅田川河岸は憩いの場所になっている。正面に見える橋は清洲橋だが、ドイツのケルンにあるヒンデンブルク橋を見本にしたと言われる。小名木川との合流点からの眺めは一幅の絵のようだ。目を反対側に転じれば新大橋が見える。

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八名川は聖地の一つ秋高し

「聖地」というのは、僕にとってのという意味である。江東区立の八名川小に赴任したのは21年前のことである。6年間在籍したが、その後もなんだかんだと出入りしている。八名川小の靴箱にはまだぼくの名前が残されている。この八名川町の古地図、実は東京駅の「銀の鈴」のある床にプリントされているものだ。新大橋の位置は今とは違っているように見える。現在は「八名川町」という地名はなく、常盤町や新大橋になっている。「八名川」の地名が残っているのは、小学校とその隣の八名川公園だけである。その八名川小に赴任して最初に掲げたスローガンは「ワンランク上の教育」というものだった。丁度、学校選択制が始まった頃である。

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夏の月煌々として隅田川

写真は、隅田川に架かる清洲橋である。ライトアップされた姿には惚れぼれしてしまう。清洲橋は、ドイツのケルンにあるヒンデンブルグ橋がモデルと言われる。現在は、国の重要文化財に指定されている。隅田川には、千住大橋から勝鬨橋まで大きな橋が15架けられている。勝鬨橋は、大きな船を通す時に中央が跳ね上がる構造になっている。ぼくは、その跳ね上がった姿を見た記憶がある。自動車の交通量が多くなり橋の開閉が中止されたのは1970年だそうだ。ぼくに一番縁がある橋は、新大橋である。新大橋と言っても最近架かった橋ではない。江戸時代、芭蕉の生きた時代の橋である。