【初心者歓迎】俳句フォトの会 会員申込はこちら

日傘

俳句フォトエッセイ

電線の影の溶けたる残暑かな

9月に入ったのに暑い。日傘を差して出かけた。ふと振り返ったら、電線の影が見えない。一瞬ギョッとした。単に太陽光線の角度がずれて道に影が写っていないだけなのだが(笑)。影が溶けたのかと思った。自分の中の暑さの記憶を辿ってみた。子供の頃、汗をかいた記憶はあるが「暑い」という形での記憶はない。子供は暑さを感じないのだろうか。ぼくにとっての「暑さ」の記憶は、東京の気温が初めて39°Cを超えた1994年が一つ。この年、ぼくは西麻布の学校に勤務していた。冷房のない教室で毎日汗を流していた。歩道の壁の熱さに驚いた。二つ目はモンゴル旅行である。草原では馬が頭を寄せ合い、陰を作り合っていた。

俳句フォトエッセイ

日傘差す男の見栄は横に置く

暑い日が続く。毎日35℃とは、異常に違いない。かつては「夕立」というのがあった。一雨ざあーと降って、やむと涼しくなり、虹が掛かったりした。30℃位だと「夕立」ぐらいのエネルギーなのだが、35℃になるとエネルギーが桁違いで、集中豪雨並みになるという天気予報士の解説を聞いて腑に落ちた。日傘もかつては装飾品の域だった。日焼けを防ぐためのご婦人の身だしなみに過ぎなかった。レースをあしらった「白日傘」など優雅なものだ。印象として言えば、クロード•モネの「日傘をさす女」である。「日傘は女がさすモノ」という観念がぼくの頭の中に染み付いていた。

俳句フォトエッセイ

見渡せば白日傘白日傘白日傘

西日本では、既に梅雨明けしたという。関東地方の梅雨明けも7月上旬が予想されるらしい。猛暑の夏がやってくる。最近は毎年猛暑が積み重なってくる。たまったものではないが、ぼくの記憶に残る猛暑は34年前だ。江東区の学校から港区の笄小学校に転勤して1年目だった。笄小学校の笄(こうがい)とはかんざしのことで、江戸時代は職人町だったのだろうと想像される。霞町の交差点の近くだ。秋元康の作詞でとんねるずが歌った「雨の西麻布」のど真ん中にあったのが笄小学校だ。足立、江東と下町を回ってきた自分としては、随分場違いな学校に来てしまったなと思った。ぼくは1年生を担任していた。この年が暑かった。