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昭和レトロ

俳句フォトエッセイ

極月の紙吹雪舞ふ芝居小屋

「大島劇場はここが便利です」と臨港バスのアナウンスで聞いた。「こんな所に劇場があるのか」川崎区大島。交通の便が良いとは言えない場所だ。しかし、大島劇場は1950年の創業。75年間営業を続けてきた。知る人ぞ知る大衆演劇を象徴する芝居小屋である。大衆演劇は根強い人気をもつ。全国に50以上の芝居小屋があり、それを上回る数の劇団が活動している。如何にも昭和レトロの芝居小屋。畳敷の観客席には座布団と座椅子が用意されている。毎月、公演する劇団は変わるが、今月は「笑門(えもん)」という結成3年目の若い劇団だった。座長は、天昇屋心竜。実に格好良い名前だ。年末の24日まで休みなく公演を行う。

俳句フォトエッセイ

銭湯に浸り極楽石蕗の花

大田区の某小学校で一年生の俳句の授業をした。その帰り道、ふと近くに銭湯がある事を思い出した。マンションの一階にある銭湯で、草津湯という。銭湯というと、お城のような門構えで高い煙突があるイメージがあるが、最近は煙突がない銭湯も多い。燃料が重油から都市ガスに換わったからだろう。それにしても気持ちがいい。湯船にしっかりと浸かると体の芯からほぐされる。つい、この前までは、スーパー銭湯にハマっていたが、普通の銭湯でも十分である。この草津湯もジェット風呂や電気風呂、サウナも備えている。ぼくは少し低温の鉱泉掛け流しに入った。大量のお湯をジャバジャバと惜しげもなく使い、取っ替え引っ替え、いろんな湯に入る。

俳句フォトエッセイ

冬うららかつてありける貸本屋

元住吉の裏通り。この場所に貸本屋があった。いつなくなったかは記憶にない。小学生から高校生にかけて、ぼくはここの古本屋に通い続けた。1日10円、延長料金は1日5円だった。印象に残っているのは、まず白土三平だ。それがカムイ伝だったかどうかは定かではないが、白土三平だったことは確かだ。次はさいとうたかおである。これもゴルゴ13だったかどうか。人間の記憶というものは、相当に不確かである。ハードボイルドの劇画は刺激的だった、ぼくはこれらの本を学校に持って行ったらしい。母は担任の先生に呼び出され、「小山君が変な本を学校に持ってきて困る」と言われたようだ。その辺りの記憶はぼくにはない。

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駅前の音楽隊もクリスマス

俳句では「も」という助詞は嫌われる。「も」というのは書かれていない別のものもあるということだから、曖昧になったり、もしくは主役を奪われることもあるからだ。それは兎も角、この写真は東急線元住吉駅前にあるブレーメンの音楽隊の像である。西口のブレーメン商店街を象徴している。商店街のイルミネーションも輝き、街は既にクリスマスムードだ。クリスマスは、元々キリスト教の行事だけど、一部の信者さん以外、それを意識している人はほとんどいないだろう。日本の商売人は仕掛けがうまい。平賀源内の昔からそれは始まっている。ご存知「土用の鰻」。本当は鰻は冬場が食べどきだそうだ。従って、夏場は売れない。

俳句フォトエッセイ

大寒の喫茶店てふ居場所かな

今なら「カフェ」だろう。喫茶店という言葉には昭和の匂いがする。その昔は純喫茶と言った。お酒は出さないという意味が「純」に込められているのかもしれない。喫茶の「喫」は喫煙の「喫」でもある。必ず、テーブルの上には灰皿が用意されていた。店ごとに工夫を凝らしたマッチがあり、それを集めて楽しんだりした。純喫茶が姿を消し、一時街に喫茶店というものがなかった時代があるように記憶している。そこに登場したのが「ドトール」だ。スタンドで椅子がない。ただ、コーヒーを味わうためだけの場所だった。いきなりステーキという店もあるが、こちらも開店当初は椅子がなかった。アメリカの文化なのだろうか。