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暮らしを楽しむ俳句フォト

俳句フォトエッセイ

春隣ひかり眩しき隅田川

大寒である。一年で一番寒いと言われる日だが、陽射しは既に春の装いだ。写真は、東京を代表する川、隅田川。かつては大川と呼ばれた。夏の花火大会の源流は江戸時代まで遡ることができる。高度成長期には、下水道処理が追いつかず、一時は「死の川」とまで呼ばれた。しかし、現在では生態系も戻り、河岸のテラスもよく整備されてきている。ランニングをする人、散歩を楽しむ人、釣糸を垂れる人もいる。隅田川河岸は憩いの場所になっている。正面に見える橋は清洲橋だが、ドイツのケルンにあるヒンデンブルク橋を見本にしたと言われる。小名木川との合流点からの眺めは一幅の絵のようだ。目を反対側に転じれば新大橋が見える。

俳句フォトエッセイ

煌めきを我がものとして年の暮

クリスマスのイルミネーションが話題になったのは、1980年代の原宿だった。1km以上の欅並木を数十万のライトで装飾。観光客も訪れ、交通渋滞が起きるほどだったという。その後、イルミネーションはLEDの普及とともに各地に広がった。名所はいくつもあるが、その一つが丸の内の仲通りだ。欅並木がすべて、シャンパンゴールドのライトで統一され、通り全体が金色のトンネルのようである。出店も多い。キッチンカーもあれば、クリスマス関係グッズを売る店、アンティークショップもある。帝国ホテルのブースでは、クリスマスのお菓子「シュトーレン」も販売されていた。イルミネーションの始点の東京駅前では結婚式の前撮りが盛んだ。

俳句フォトエッセイ

銀杏散る映(ば)えを狙つてツーショット

ご存知、神宮外苑の絵画館前である、都政新報の「暮らしを楽しむ俳句フォト」の取材を兼ねて出かけた。銀杏は12月いっぱいは持つかと思っていたが、もう相当に散っている。歩道は既に黄色く染まっている。そんなには長くもたないだろう。見に行ってよかった。神宮外苑の銀杏の特徴は、芯止めをしていないことだ。だから細く細く、上へ上へと伸びていく。多くの銀杏の並木が芯止めをして少しこんもりしているのとは対照的である。銀杏並木を見ながら考えたことは、「銀杏散る」という季語についてだった。「銀杏(いちょう)」だけでは季語にならない。銀杏散ると言って、初めて秋の季語になる」と子供たちには教えてきた。

俳句フォトエッセイ

豊潤に時代を超ゆる秋の薔薇

雨が止んだら、急に薔薇の花を見たくなった。薔薇と言えば、旧古河庭園だ。11月7日まで「秋のバラフェスティバル」が開かれているはずだ。早速出かけた。旧古河庭園は、石造りの洋館と西洋庭園の薔薇の対比が見事だ。洋館の設計者はイギリス人のジョサイア・コンドル。鹿鳴館やニコライ堂などを手掛けた人物である。庭園には、約100種、200株の薔薇が咲き乱れていた。正に色とりどりだか「万葉」とか「初恋」など和名の薔薇も見られる。薔薇の歴史は古い。古代エジプトではクレオパトラが薔薇の香油を愛用したとされている。中世イングランドの薔薇戦争は西洋史の教科書にも出てくる。

俳句フォトエッセイ

目凝らせば万の団栗ありにけり

モノクロでは何の写真か一瞬迷うだろう。これはマテバシイの木の下に降り積もった落葉の写真である。この落葉の間に団栗(どんぐり)が隠れている。先日子どもたちと団栗拾いをした。「1 人 10 個は探してみよう」と声をかけたら、あっという間に 100 個を超えてしまった。一体どのくらいの数の団栗がこの一本の木の下にあるのだろうか。団栗というのは、樫(かし)や櫟木(くぬぎ)などブナ科の樹木の果実のことを言う。硬い殻に包まれ、帽子のような「殻斗(がくと)」が付いている。子供に俳句を作らせると必ずというようにどんぐりはぼうしをかぶっておさんぽだというような句ができる。団栗を使って遊ぶのは楽しい。

俳句フォトエッセイ

引潮の残す文様雁渡る

恒例の鎌倉吟行である。鎌倉の知られざる名所を毎回案内してくださる。それに甘えて、出来るだけ参加するようにしている。江東区を退職してからだから、3年目だろうか。先月は元八幡に行った。今月は材木座海岸である。この材木座の名称は和賀江島に船着場が出来、材木などの集積地になったことによるらしい。今でも和賀江島の船着場の跡が残っている。遠浅の海で、海水浴には最適である。ぼくは、この材木座海岸で泳いだ記憶がある。正確に言えば、すぐ近くにあるお寺、光明寺に泊まった事があるのだ。もしかしたら、寺そのものでなく民宿だっのかもしれない。なんとなく高校時代の親友のNが一緒だったような気がして、メールで聞いてみたら。

俳句フォトエッセイ

大空の風を呼び込み秋桜

秋桜とはコスモスのことだ。原産地はメキシコである。日本に入ってきたのは明治の始め頃と言われている。花びらの形が桜に似ており、秋に咲くことから「秋桜」とも呼ばれる。背の高いものは1メートルを超す。日本中に広がり、今や秋の花の代表格になっている。東京一のコスモスの名所と言えば立川にある昭和記念公園だろう。500万本のコスモスが咲き乱れるというから壮観だ。都心の浜離宮恩賜公園のコスモスも見事だ。コスモスの語源はギリシャ語。宇宙を表す「コスモス」と同様、「調和」という意味らしい。小学校の国語の教材に今西祐行の「一つの花」がある。

俳句フォトエッセイ

蕊伸ばしいよいよ妖し曼珠沙華

今年の曼珠沙華は例年より遅かった。暑さのせいだと言われている。しかし、その曼珠沙華もそろそろ終わりだろう。夏の間、曼珠沙華は地下茎しかない。秋になると急速に茎が伸び始め、お彼岸の頃には花盛りになるので、彼岸花とも呼ばれる。曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の名前はサンスクリット語から来ている。仏教では、吉事があると天上から降るとされる花の一つとされ、「天上の花」と言う意味があると言う。俳句の世界でも曼珠沙華は様々に詠まれてきた。山口誓子の「突き抜けて天上の紺曼珠沙華」や森澄雄の「西国の畦曼珠沙華曼珠沙華」などは特に有名だ。おめでたい花で天蓋花と呼ばれる一方、死人花とか幽霊花など縁起でも無い異名もある。

俳句フォトエッセイ

雑踏を横目に虫の声虫の声

ふと虫の声が聞こえた。確かに虫の声だ。「こんなところで」街のど真ん中、雑踏の中だ。どうやら、道路ぎわの花壇からのようだ。「都会の真ん中に虫がいるのか」不思議な気分だった。俳句では、「虫」とは秋の鳴く虫のことを指す。鈴虫とかコウロギとかキリギリスのことだ。子供の頃は、虫籠に入れて飼ったこともあった。コオロギの「コロコロ」として柔らかい鳴き声も好きだが、鈴虫の澄み渡った声は何とも言えない。平安貴族は、虫の声を風流なものとして楽しんだ。中国や韓国にも日本と同じような習慣があるらしい。街は人間が支配していると考えたら間違いだ。アスファルトの隙間から草が生え、夜になれば虫の声が聞こえる。