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街歩き

俳句フォトエッセイ

店頭に閉店の文字年果つる

「閉店」。しかもよく見ると「完全閉店」とある。この場所には二度と開店しない意味かと思ってしまう。閉店は1月4日だが、2月の終わりには近くのビルの中に店を出すというのだから完全撤退でもなさそうだ。男物のスーツのチェーン店AOKI武蔵小杉店である。男物スーツは売れなくなったのかと思ったが、調べてみるとそれほどでもなさそうだ。元住吉の駅前の一等地にもスーツセレクトがある。一時より随分需要が減ったとしても、洋服の青山、AOKI、スーツセレクトなどのチェーン店は健在と言えよう。ぼくが初めてブレザーを着たのは大学に入った年だ。スーツは就職した時に作った。

俳句フォトエッセイ

銘木に迷ひ込みたる師走かな

ぼくの感泣亭での最大のパートナー土井伸さんが忙しい。彼は書家でもあり、イベントプランナーでもある。土井さんはかつて八名川句会のメンバーだったが、個人的に話したことはなかった。その土井さんと再び会ったのは、僕が江東区を退職した年、つまり約4年前の4月だ。僕は地下鉄日比谷線に乗っていた。駅で言えば築地辺りである。Facebookに一つの投稿が現れた。「銀座の◯◯堂にいます。お近くの方、どうぞ」というような趣旨であった。発信者は土井さんだ。あと二駅で銀座だ。一瞬迷ったが、降りることにした。それが土井伸さんとの再会だった。今の感泣亭の諸活動があるのは、全て土井伸さんのお陰だが、それはさておき。

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ポインセチア平和の赤を誇りをり

12月の色と言えば、赤だ。赤はサンタクロースの服の色だし、赤鼻のトナカイの赤でもある。サンタクロースの服は、何故赤なのか?諸説ありそうだが、サンタクロースの原型と言われる聖ニコラウスが当時赤の祭服を着ていたことに由来するという説が一般的である。とは言え、19世紀までは、サンタクロースの服は結構様々で、緑や青や白もあったらしい。それが決定的に変わったのは1930年代のコカコーラの宣伝からだと言う。画家ハッドン・サンドブロムの描くサンタクロースは、親しみやすく赤で白い縁取りの服を着ていた。この絵がゲームチェンジャーとなり、サンタクロースの赤い服は世界に定着した。

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さざんかの咲き急ぎまた散り急ぎ

さざんかは冬の花である。垣根にもよく使われているので、通勤途中に見ておられる方も多いと思う。都内では、江東区や杉並区、清瀬市がさざんかを区や市の花に指定している。年配の方なら大ヒットになった大川栄策の「さざんかの宿」を覚えておられるだろう。さざんかは、見たところ椿とそっくりだ。もちろん詳しい人なら花や葉っぱで見分けることができるが、素人には難しい。一番易しい見分け方は花の散り方、落ち方である。椿は花ごとポトリと落ちるのに対して、さざんかは花びらが一枚一枚散るのである。さざんかは漢字では「山茶花」と書く。違和感を覚えないだろうか?普通に読めば「さんざか」ではないか。実はその通りなのだ。

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飾り立てカードゲームのクリスマス

初めて、A Iで写真を加工してみた。リアル感はないが、雰囲気だけを抽出して伝えることができそうだ。感泣亭の毎月定例のイベント「あなたを語る会」のクリスマスパーティである。メインゲストは、大山功一さん。先日、りんかい線大井町駅ホームで偶然に出会ったあの大山功一さんである。ポケモンカードゲームの考案者でカードゲーム界のレジェンドの大山さんだ。この日は、大山さん考案のカードゲームを思い切り楽しもうという試みである。因みに写真で行われているカードゲームは、大山さんが作ってくださった「咲き満ちて小山正見の俳句フォトカルタ」である。お土産は大山さんの2026年カレンダー。

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極月の紙吹雪舞ふ芝居小屋

「大島劇場はここが便利です」と臨港バスのアナウンスで聞いた。「こんな所に劇場があるのか」川崎区大島。交通の便が良いとは言えない場所だ。しかし、大島劇場は1950年の創業。75年間営業を続けてきた。知る人ぞ知る大衆演劇を象徴する芝居小屋である。大衆演劇は根強い人気をもつ。全国に50以上の芝居小屋があり、それを上回る数の劇団が活動している。如何にも昭和レトロの芝居小屋。畳敷の観客席には座布団と座椅子が用意されている。毎月、公演する劇団は変わるが、今月は「笑門(えもん)」という結成3年目の若い劇団だった。座長は、天昇屋心竜。実に格好良い名前だ。年末の24日まで休みなく公演を行う。

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幼子の楽園となる冬日向

先日、夕暮れの子供たちの自転車が群れている写真を撮ったのと同じ公園である。今日は保育園の幼児が公園内を駆け回っている。ブランコに興じている子もいれば、滑り台に夢中になっている子もいる。少子化、少子化というが結構子供は、いるではないかと錯覚してしまう。昔は設置基準が厳しく、園庭がないと保育園は認められないという規制があった。しかし、誰もが子供を保育園に預ける時代となり、保育園の数は激増した。マンションやビルの一室でも保育園が成り立つようになった。その結果、公園を運動場代わりに活用するようになったということだろう。共働きしないと暮らせない時代。これは当然の施策だろう。

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銭湯に浸り極楽石蕗の花

大田区の某小学校で一年生の俳句の授業をした。その帰り道、ふと近くに銭湯がある事を思い出した。マンションの一階にある銭湯で、草津湯という。銭湯というと、お城のような門構えで高い煙突があるイメージがあるが、最近は煙突がない銭湯も多い。燃料が重油から都市ガスに換わったからだろう。それにしても気持ちがいい。湯船にしっかりと浸かると体の芯からほぐされる。つい、この前までは、スーパー銭湯にハマっていたが、普通の銭湯でも十分である。この草津湯もジェット風呂や電気風呂、サウナも備えている。ぼくは少し低温の鉱泉掛け流しに入った。大量のお湯をジャバジャバと惜しげもなく使い、取っ替え引っ替え、いろんな湯に入る。

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冬うららかつてありける貸本屋

元住吉の裏通り。この場所に貸本屋があった。いつなくなったかは記憶にない。小学生から高校生にかけて、ぼくはここの古本屋に通い続けた。1日10円、延長料金は1日5円だった。印象に残っているのは、まず白土三平だ。それがカムイ伝だったかどうかは定かではないが、白土三平だったことは確かだ。次はさいとうたかおである。これもゴルゴ13だったかどうか。人間の記憶というものは、相当に不確かである。ハードボイルドの劇画は刺激的だった、ぼくはこれらの本を学校に持って行ったらしい。母は担任の先生に呼び出され、「小山君が変な本を学校に持ってきて困る」と言われたようだ。その辺りの記憶はぼくにはない。