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西麻布

俳句フォトエッセイ

浅春の松本芳明写真展

松本さんは、俳句教育の仲間だ。その松本さんが写真をしていることは、知っていたが、これほどとは思わなかった。場所は、西麻布の四丁目。ギャラリーイー&エム西麻布という画廊だ。瀟洒な住宅地の中だが、有名な麻布食堂の真ん前だから分かりやすい。作品は全てモノクロ。「出生地」との題の通り、彼が生まれ育った家を撮ったものだ。彼自身が書いたパンフレットによると、「故郷だが素直にふるさとと呼べない出生地」とある。「暴力をふるうことでしか伝えられなかったことは何だったのか。時代が産んだ人格。しかしその中で父は仏像の絵を描き続けた。そんな父の声を受け止めたいと今は思う。」

俳句フォトエッセイ

秋うららレジェンドに会ふ写真展

向かって右側はぼくだが、左は髙野榮一先生である。髙野先生とは、港区の笄小学校で一年間だけお世話になった。決断力があり、方針がぶれない。当時からすごい先生だなぁと尊敬していた。先生の退職後も飲み会などに声がかかった。多くは当時の校長先生方の会だった。声が掛かると答えは三つしかない。「わかりました」「喜んで」「もちろんです」可愛がられたと言って良いのかもしれない。「先生、お幾つになられましたか」と聞いたら「89」だと言う。お元気この上ない。退職されてからカメラを始められた。退職校長会の写真展が武蔵小杉であった。先生の出品されている鴨川シーワールドの写真。波飛沫の捉え方が絶妙である。

俳句フォトエッセイ

電線の影の溶けたる残暑かな

9月に入ったのに暑い。日傘を差して出かけた。ふと振り返ったら、電線の影が見えない。一瞬ギョッとした。単に太陽光線の角度がずれて道に影が写っていないだけなのだが(笑)。影が溶けたのかと思った。自分の中の暑さの記憶を辿ってみた。子供の頃、汗をかいた記憶はあるが「暑い」という形での記憶はない。子供は暑さを感じないのだろうか。ぼくにとっての「暑さ」の記憶は、東京の気温が初めて39°Cを超えた1994年が一つ。この年、ぼくは西麻布の学校に勤務していた。冷房のない教室で毎日汗を流していた。歩道の壁の熱さに驚いた。二つ目はモンゴル旅行である。草原では馬が頭を寄せ合い、陰を作り合っていた。

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見渡せば白日傘白日傘白日傘

西日本では、既に梅雨明けしたという。関東地方の梅雨明けも7月上旬が予想されるらしい。猛暑の夏がやってくる。最近は毎年猛暑が積み重なってくる。たまったものではないが、ぼくの記憶に残る猛暑は34年前だ。江東区の学校から港区の笄小学校に転勤して1年目だった。笄小学校の笄(こうがい)とはかんざしのことで、江戸時代は職人町だったのだろうと想像される。霞町の交差点の近くだ。秋元康の作詞でとんねるずが歌った「雨の西麻布」のど真ん中にあったのが笄小学校だ。足立、江東と下町を回ってきた自分としては、随分場違いな学校に来てしまったなと思った。ぼくは1年生を担任していた。この年が暑かった。