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足立区

俳句フォトエッセイ

立冬やいつの間にかの北綾瀬

三郷に向かう途中だった。いつものように明治神宮前からメトロ千代田線に乗った。このまま行けば、乗換駅の新松戸まで行くはずだ。ところが、突然の車内アナウンス。「次は北綾瀬」北綾瀬行きの千代田線があるとはびっくりした。北綾瀬は足立区だ。ぼくが最初に勤めたのも足立区だった。江北小学校という歴史の古い学校だった。降りるバス停は「荒川土手」まだ高速道路ができる前のことだ。江北橋のたもとあたりである。当時の足立区の南北に走る鉄道は、東武伊勢崎線だけだった。今は、舎人までモノレールが通り、筑波エキスプレスもある。それに千代田線の北綾瀬までの延伸。大分便利になった。

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電線の影の溶けたる残暑かな

9月に入ったのに暑い。日傘を差して出かけた。ふと振り返ったら、電線の影が見えない。一瞬ギョッとした。単に太陽光線の角度がずれて道に影が写っていないだけなのだが(笑)。影が溶けたのかと思った。自分の中の暑さの記憶を辿ってみた。子供の頃、汗をかいた記憶はあるが「暑い」という形での記憶はない。子供は暑さを感じないのだろうか。ぼくにとっての「暑さ」の記憶は、東京の気温が初めて39°Cを超えた1994年が一つ。この年、ぼくは西麻布の学校に勤務していた。冷房のない教室で毎日汗を流していた。歩道の壁の熱さに驚いた。二つ目はモンゴル旅行である。草原では馬が頭を寄せ合い、陰を作り合っていた。

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荒梅雨の路地の裏なる傘傾げ

「七の会」。何年ぶりだろう。前回がいつだったのか思い出せない。コロナの前だったことは確かだ。「七の会」とは、校長任用前研修第七班のメンバーの親交会の名称である。つまり、同期会なのだ。何の工夫もない名前だが、思い出は深い。地域も年齢も異なる6人だったが、毎年のように集まり、情報交換をしてきた。会場は新宿の路地の奥の居酒屋だ。メンバーの一人T先生は八丈島の小学校の校長になった。あっという間に島に溶け込み、生き生きと島での優雅な生活を話してくれた。メンバー全員で八丈島の彼の学校を訪ねたこともある。アガパンサスという花の名を初めて知った。

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見渡せば白日傘白日傘白日傘

西日本では、既に梅雨明けしたという。関東地方の梅雨明けも7月上旬が予想されるらしい。猛暑の夏がやってくる。最近は毎年猛暑が積み重なってくる。たまったものではないが、ぼくの記憶に残る猛暑は34年前だ。江東区の学校から港区の笄小学校に転勤して1年目だった。笄小学校の笄(こうがい)とはかんざしのことで、江戸時代は職人町だったのだろうと想像される。霞町の交差点の近くだ。秋元康の作詞でとんねるずが歌った「雨の西麻布」のど真ん中にあったのが笄小学校だ。足立、江東と下町を回ってきた自分としては、随分場違いな学校に来てしまったなと思った。ぼくは1年生を担任していた。この年が暑かった。