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2014年3月23日

俳句フォトエッセイ

花の雨母の遺影と向かひ合ふ

母・常子は2014年3月23日に亡くなった。今年で13回忌のはずである。本来なら、お坊さんを呼び一族が集まって偲ぶところだろうが、我が家では何もしない。だいたい、戒名も位牌もないのだ。父からしてそうだった。その代わり、忌み日に「感泣亭例会」を開き、「感泣亭秋報」を発行してきた。それも18冊で終刊とした。母の遺影は卒寿のお祝いに自由が丘のレストランで家族で撮った写真からとった。穏やかな顔をしている。母は、父が亡くなってから、思い出を圓子哲雄さんが主宰していた『朔』に寄稿し続けた。この文章を妻の邦子がまとめ『主人は留守、しかし・・・』という本にまとめた。

俳句フォトエッセイ

鬼灯を供へて母と対面す

母が他界したのは、2014年3月23日だから、もう10年以上前のことである。にもかかわらず、「お母さまにお供えください」と鬼灯をいただいた。それで、ぼくは鬼灯を供え、母と写真と久しぶりに対面した。我が家はちょっと変わっている。一切宗教的なことをしない家なのだ。まず、戒名がない。そして、位牌もない。葬式の時以外お経をあげてもらったこともない。これが父の考えだったのか、母の考えだったのか話したことは一度もなかった。考えてみるとお盆とか、お彼岸には意味がある。定期的に死者に、先祖に、向かい合うことができるからだ。ぼくの場合は、たまたま思いついた時に、写真と対面し線香を立てる。