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俳句フォトエッセイ

寝ていればそれだけで良き真冬かな

本当は鎌倉吟行に行くはずだった。行けなくなったのは、ギックリ腰になったからだ。夕方から何となく腰に違和感があった。それがだんだん強くなり、動くのも苦痛になった。夜ある打合せをzoomでしていた時、「腰が痛いんだ」と愚痴を口にした。症状を話したら「ギックリ腰じゃないの」と言われてびっくりした。ギックリ腰とは、重いものを持ち上げたり、妙な動きをした時に「ギクッ」となるのがギックリ腰だと思い込んでいたからだ。症状を入力し、A Iで調べてみたら「典型的なギックリ腰です」と出た。朝になってもまるで起きられない。立ち上がるのも一歩歩くのも苦痛だった。鎌倉は諦めるしかない。あった予定がぽっかり空いた。

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湯を巡り巡り巡りて春を待つ

「何と気持ちの良いことか」銭湯のことである。この日は武蔵小杉から歩いて、今井湯に寄ることにした。武蔵小杉から10分。湯を出てからブレーメン通りまで10分である。昔ながらの銭湯だから、それほど広いわけではない。それでも、炭酸泉、シルク風呂、そしてジェット風呂まである。サウナと水風呂もあるが、こちらは僕には縁がない。まず炭酸泉に浸る。温度が低いので20分でも30分でも浸っていることができる。続いてシルク風呂とジェット風呂を梯子する。銭湯は入浴料が500円程度タオルや石鹸を入れても700円から800円。スーパー銭湯の約半額だ。

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白銀や風切るスキーのはやさかな

コルチナオリンピックの開幕が近い。NHKのスポーツニュースでは、毎晩欠かさず関連映像を流している。冒頭の俳句は文部省唱歌「スキー」の歌詞を剽窃したものである。「♪山はしろがね朝日をあびてすべるスキーの風きるはやさ…」で始まるこの歌は昭和7年発行の「新訂尋常小学唱歌に掲載されたという。「スキー」という新しい文化が日本社会に歓迎された証だろう。戦後、高度経済成長の時代、スキーは爆発的に普及した。各地にスキー場が開かれ、夜行のスキーバスが運行された。就職して2年目、ぼくもそのスキーバスの一員となって、苗場に向かった。恐々ボーゲンで緩斜面を下っていた。「上まで行こう」と誘われてリフトに乗った。

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大寒や軍国少年なりし頃

ここは千代田区の東郷元帥公園である。東郷元帥とは、連合艦隊を率い、あの日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を撃破した、東郷平八郎のことだ。子供だったぼくにとって、東郷元帥は乃木希典大将と並んで英雄だった。わざわざ横須賀まで戦艦三笠を見に行ったこともある。「水師営の会見」という軍歌は何度聞いたか分からないほどだ。「旅順開城約なりて敵の将軍ステッセル」から始まる歌だ。佐々木信綱の作詞で、最後は「昨日の敵は今日の友語る言葉も打ち解けて我は讃えつつ彼の防御彼はたたえつ我が武勇」で終わる。映画も観た。「明治天皇と日露大戦争」。特に好きだったのは軍艦だった。

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少しづつかはりゆく街日脚伸ぶ

新しいマンションができる。空き地になったかと思ったらいつの間にか、完成間近だ。この場所には、かつて質屋があった。そういう時代だってのだ。質屋も質屋の蔵もいつの間にかなくなった。このマンションの前の通りでぼくは小学校5年生の時に5トン積みのトラックに轢かれかけた。自転車はぐちゃぐちゃになり、ぼくは九死に一生を得た。いつの間にか、街は変わる。新しい店ができた。「定食屋」と書いた行燈が遠くからでも見える。店の名前は「文鎮」とある。生活に当たり前に存在できる飲食店を目指すらしい。なかなかおしゃれな店だ。友人と入ってみた。おばんざいが主流の店だった。

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春隣ひかり眩しき隅田川

大寒である。一年で一番寒いと言われる日だが、陽射しは既に春の装いだ。写真は、東京を代表する川、隅田川。かつては大川と呼ばれた。夏の花火大会の源流は江戸時代まで遡ることができる。高度成長期には、下水道処理が追いつかず、一時は「死の川」とまで呼ばれた。しかし、現在では生態系も戻り、河岸のテラスもよく整備されてきている。ランニングをする人、散歩を楽しむ人、釣糸を垂れる人もいる。隅田川河岸は憩いの場所になっている。正面に見える橋は清洲橋だが、ドイツのケルンにあるヒンデンブルク橋を見本にしたと言われる。小名木川との合流点からの眺めは一幅の絵のようだ。目を反対側に転じれば新大橋が見える。

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振り向けば早紅梅の御空かな

まだ、1月の半ばである。家を出て、ふと振り返ったら、赤いものが目に入った。真っ盛りの紅梅だった。紅梅も白梅も春の季語だ。少し早すぎるのではないか。しかし、ぼくにはどうしても梅にしか見えない。調べてみると、「冬至梅」という品種もあるらしい。この梅は12月下旬から咲き始めるので、この名がついた。しかし、この品種は白梅らしく、写真の紅梅とは異なる。服部嵐雪の句に有名な句に梅一輪一輪ほどの暖かさがある。この句は、「梅が一輪咲くごとに春の暖かさが増す」という意味だと思っていたら、どうやら間違いらしい。この梅は「寒梅」。冬の句なのだという。

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ファイティングポーズで春を迎へたし

誰が見ても良い写真だろう。一見爺さんと孫娘という感じだ。あんまりいい天気で暖かいので、市内の公園に散歩に出掛けた。泡よくば「かわさき俳句フォト」の題材も一緒に探せたら良いとの下心もあった。そこで出会ったのが、写真の右側の女性である。公園の階段を男性と女性の二人で駆け上がっていく。それが並のスピードではない。正にダッシュだ。それを何本も繰り返している。「これはただものではない!」何かのスポーツに取り組んでいる人なのだろうとは容易に想像がつく。あまりにその姿がすごいので、興味を持って尋ねてみた。「何の競技をされているですか」すると、驚くべき答えが男性から返ってきた。

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冬の陽を浴びてライオンキングかな

江東区立有明小学校で今年初の俳句の授業だ。始まるのは、10時30分。寝坊して、家を出るのが遅くなった。幾分慌ててJRりんかい線の国際展示場駅を降りる。ここから有明ガーデンを抜けて、約20分歩けば有明小学校である。時計を見ると、まだ9時50分。間に合いそうだ。有明ガーデンに来て、ここに劇団四季の劇場があることを思い出した。劇団四季の常設館は、汐留など各地にある。その一つがここ、江東区有明もできたのだ。劇団四季のおかげで、ミュージカルが日本に根付いたと言ってもいいだろう。しかもすごいのは、ブロードウェイのようなロングラン上演を成功させたことだ。

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芭蕉から始まる新春講座かな

講師は渡邊尚代先生である。彼女は欧米文学の専門家で、神保町にある児童書専門店のブックハウスカフェを会場に、長年講座を続けてこられた。昨年あたりから、尚代先生は芭蕉の『おくのほそ道』に相当に興味を持たれたようだ。その尚代先生は、行動の人である。早速、日光の裏見の滝に出かけ、平泉にも立石寺にも足を伸ばされた。足で現地を見なければ真髄はわからない、というのが尚代先生の考え方である。そして、数十ページにわたる詳細なテキストが用意されての講座であった。芭蕉が活躍した時代は、シェークスピアやセルバンテスと近いという。欧米文学を知り尽くした尚代先生ならではの視点である。