俳句フォトエッセイ2026.03.27去りゆける武蔵野線の先に春小山正見ちょっとだけ、撮り鉄の真似をしてみた。ここは、三郷駅。乗ってきた武蔵野線が出たところだ。この電車は所沢まで行くと言う。男の子はたいてい電車が好きだが、ぼくも例外ではなかった。小学校の時分には、秋葉原にあった鉄道博物館に何度も連れて行ってもらった。NゲージやHOゲージをねだって買ってもらい、何時間も走らせて遊んだ。中学に上がった時、石川君と仲良くなった。石川君は、ぼくの何倍も電車好きだった。それに行動力があった。模型では満足せず、実際の電車を見に行った。ぼくは行動力のある石川君に魅かれた。ついて出かけた。一番遠くは小田原だった。小田急だったか、国鉄(当時)だったかは忘れたが、記念に小田原駅の入場券を買ったことだけは記憶にある。2年になってクラス替えがあり、石川君との縁は途切れてしまったが、それからしばらくはぼくの電車趣味は続いた。『鉄道ファン』と『鉄道ピクトリアル』という雑誌が発行されていた。ぼくは両方とも購読した。今となっては、どこがどのように違うのか忘れてしまったが、隅から隅まで夢中になって読んだ。この両方の雑誌は今でも発行され続けており、『ピクトリアル』は2022年7月には、1000号に達したという。中学校を卒業する頃には、ぼくの鉄道熱はすっかり冷めてしまった。しかし、今考えると小学校の時の軍艦趣味が鉄道によって駆逐され、軍国主義者になることからぼくを救ってくれたのかもしれない。
ちょっとだけ、撮り鉄の真似をしてみた。
ここは、三郷駅。乗ってきた武蔵野線が出たところだ。この電車は所沢まで行くと言う。
男の子はたいてい電車が好きだが、ぼくも例外ではなかった。
小学校の時分には、秋葉原にあった鉄道博物館に何度も連れて行ってもらった。NゲージやHOゲージをねだって買ってもらい、何時間も走らせて遊んだ。
中学に上がった時、石川君と仲良くなった。石川君は、ぼくの何倍も電車好きだった。それに行動力があった。
模型では満足せず、実際の電車を見に行った。ぼくは行動力のある石川君に魅かれた。
ついて出かけた。一番遠くは小田原だった。小田急だったか、国鉄(当時)だったかは忘れたが、記念に小田原駅の入場券を買ったことだけは記憶にある。2年になってクラス替えがあり、石川君との縁は途切れてしまったが、それからしばらくはぼくの電車趣味は続いた。
『鉄道ファン』と『鉄道ピクトリアル』という雑誌が発行されていた。ぼくは両方とも購読した。今となっては、どこがどのように違うのか忘れてしまったが、隅から隅まで夢中になって読んだ。
この両方の雑誌は今でも発行され続けており、『ピクトリアル』は2022年7月には、1000号に達したという。
中学校を卒業する頃には、ぼくの鉄道熱はすっかり冷めてしまった。
しかし、今考えると小学校の時の軍艦趣味が鉄道によって駆逐され、軍国主義者になることからぼくを救ってくれたのかもしれない。