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平凡な平和な街の五日かな

小山正見

そう言いたいところだが、世界はどうやらそうではないようだ。
アメリカがベネゼイラの大統領を捕まえて、今後はアメリカが運営すると言う。
色々理由をつけているが、どうやら自分に従わないのが気に食わないのだろう。2回の大戦を経て、意見は違っても話し合いで解決しよう。暴力は使わないがコンセンサスになっていたはず。それを投げ捨てた形だ。確かに2次大戦後も多くの紛争があったが、表向きには自衛の戦争であり、やられたからやり返すという理屈に立っていた。今回のトランプ大統領のやり方はその枠すら踏み越えている。明らかな利権の確保のためだ。自由と民主主義はどこに行ったのだ、
今回の事件で一層分かったことは、
①どんなことにももっともらしい理由がつけられること。
②歴史は100年も200年も簡単に逆戻りするという現実
③世界は正義によってではなく、力によって成り立っている
ことだ。考えてみれば、人類の100万年の歴史の内99万9900年は、あからさまな力の支配の歴史であった。道理が勝つように見えた幻想の世界が突き崩されただけのような気もする。
そう考えると、ぼくは人類史上稀に見る平和な世の中で人生の大部分を過ごすことのできた稀な幸運な人間なのかもしれない。
更に珍妙なのは、テレビのコメンテーターが
「トランプがやってることはよくないが、よくないと言わない方がよい」と堂々と発言していることだ。確かにぼくもトランプに逆らったところで得をしないと思う。
しかし、これを道徳論として捉えたらどうだろう。
「強いものには巻かれろ」
「人生は上手く立ち振る舞った方がよい」
ということになる。子どもたちにこう教えるのは、卑屈であまりにも志が低くはないか。
「百万人と言えども我行かん」
は格好良過ぎて現実的ではないかもしれないが、
理想があってこそ、現実が成り立つというものだ。
以上、思わずこんなことを口走ってしまったが、ぼくの信条は、なるべく政治は語らないということだ。もう口をつぐもう。
今の世の中で人々を分断する危険性のあるものは政治、宗教、それからお金である。したがって、感泣亭ではこれらに関するものをできるだけ排除することを基本原則にしている。
これが貫ける世の中であってほしい。