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夏の終わり、夜だけはどこか秋めいた涼しさを感じること。

季語夜の秋

(よるのあき)[夏]

夏の終わり、夜だけはどこか秋めいた涼しさを感じること。

この季語の俳句フォト:4句

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俳句フォトエッセイ

夜の秋泥舟展の佇まひ

酷い暑さだ。これから8月6日頃までが大暑である。誰しも認める一番暑い時期だ。芥川龍之介に《兎の片耳垂るる大暑かな》の句がある。今ほどではないといえ、昔も暑かったのだ。「夜の秋」は夏の季語だ。暑くても夜には少し涼しくなって秋の気配が漂うという意味なのだが、どうやら今年はその兆候はありそうもない。そこに「わびの陶」秋風庵泥舟展の案内が届いた。この泥舟展に行けば、その涼しさを感じられるだろう。冒頭の句はそんな意味である。泥舟(秋風庵泥舟)は、ぼくの心許せる友の一人だ。本名を横澤茂夫という。付き合いはもう30年になる。北区の小学校の先生だったが、請われて京都に立命館の小学校に赴任した。

俳句フォトエッセイ

夜の秋本屋は何でもマーケット

「夜の秋」とはよく言ったものだ。風があると夜はそれなりに涼しい。高浜虚子に「夜の秋を感ずる肩のあたりかな」の句がある。先日、用事があって川崎駅にある本屋、有隣堂に行った。大きな本屋の中を歩くのは久しぶりだ。驚いた。本屋だから商品の大部分は「書籍」であることに違いはない。しかし、それだけではない。入口の辺りには「香り」のコーナーがあり、各種のお香が並べられていた。写真の左下にあるのは万年筆だ。右上のビジネス書の棚にかかっているのはペンケースとスタンプである。バッグや小物入れまで売っている。レジの前にはビスケットやピーナッツまであった。

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熾烈なる烏鷺の戦ひ夜の秋

「烏鷺の戦ひ」とは、囲碁のことである。烏が黒、鷺が白を表すというわけだ。この勝負、ぼくが黒で有利に戦いを進めていたが、中央の黒が切られ風雲急を告げた。相手のTさんが間違えてくれたので勝ちを拾った。Tさんとは毎月一回碁を打っている。もう15年以上続いているのではないか。最初は錦糸町だった。教職員互助会のサロンがあったからだ。その後はいくつかの碁会所を転々とし、新橋に落ち着いた。今は市ヶ谷である。最初はぼくのほうが強かった。ところがTさんがぐんぐん腕を上げ、一時は追い越された。今は勝ったり負けたり、丁度良い勝負を繰り返してる。先月は勝てる勝負だったが、最後の一手で見損じをして逆転された。

俳句フォトエッセイ

夜の秋『ゆうすげびとの歌』を読む

よく見ると、この絵の下に小さく「紅子」と署名がある。深沢紅子である。昭和56年に刊行された異装版『ゆうすげびとの歌』のカバーの裏表紙に置かれたゆうすげの絵だ。深沢紅子は野の花を描く画家だ。立原との縁も深い。深川紅子野の花美術館が軽井沢にも盛岡にもある。立原道造の『萱草に寄す』は楽譜のように大きな本だが、この『ゆうすげびとの歌』はB5版ほどの大きさ。「のちのおもひに」を含む5篇の詩だけで編まれた、ただ一冊の手作りの詩集である。長いこと、人目に触れず立原家の箪笥の奥に眠っていた。いかにもひっそりした美しい詩集である。先頭の詩は以下である。