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季語萩

(はぎ)[秋]

秋の七草のひとつ。枝垂れる細い枝に、紅紫の小花を咲かせる。

この季語の俳句フォト:5句

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俳句フォトエッセイ

雨粒を纏ひて萩の溢れをり

雨の中の萩は、一層風情を増すように思える。葉に雨粒が丸く浮かんでいる。朝起きたら、一面に萩がこぼれ無数の花が散っていた。芭蕉の「奥のほそ道」に一つ家に遊女も寝たり萩と月がある。市振という宿で遊女に「旅の道連れにしてくれないか」と頼まれる有名な場面だ。この句については、芭蕉の創作ではないかという説が有力である。いかにも出来すぎているからだろう。その証拠は同行した曾良の日記には一言も触れられていないということらしい。俳句は全て事実というわけでは無さそうだ。それにしても上手い。萩が出てくることで、遊女の哀しさがほのかに感じられる。

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ようやっと風に揺らめく萩の花

天気予報通り、急に涼しくなった。蒸し暑さは残っているし、エアコンが全く要らないと言うほどではないが、「いよいよ秋」という実感がある。我が家の萩の花もようやっとほころび始めた。この萩はおそらく宮城野萩という品種だろう。萩にも種類が色々ある。山萩が一番多いらしい。宮城野萩にも色のバリエーションがある。ぼくが萩で美しいと思ったのは、墨田区にある向島百花園の萩のトンネルと鎌倉宝戒寺である。百花園の方は宮城野萩が中心だが、宝戒寺は白萩だ。俳句結社の鎌倉吟行で連れて行っていただいた。見事な萩に圧倒されて碌な句ができなかった(笑)。講談社学術文庫に『雨のことば辞典』と言う本がある。

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乱れ萩しとどの雨の金曜日

今日は、江東区の某小学校の俳句研修会に伺う予定でいたが、台風の影響で延期になった旨、連絡があった。写真は、我が家感泣亭の前に繁茂している萩である。この萩は、句集『大花野』の句萩咲かせ昔の家に戻しけりの萩である。この場所には、昔から萩が咲き乱れていた。その萩がスペースの工事で途絶えてしまったのを復活させたのである。昔の萩は、坂口昌明さんが長野からわざわざ持ってきてくれたものだった。そして今日9月5日は、その坂口さんの命日である。坂口さんは、猛烈な知識の持ち主で、想像を絶するほどの集中力を有している方だった。

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萩溢る溢れ溢れて花の滝

「萩」と口ずさんだら、思い出したことがある。歌舞伎だ。そういえば「伽羅先代萩」という演目があった。こう書いて「めいぼくせんだいはぎ」と読む。ちんぷんかんぷんであるが、伊達騒動を題材にした歌舞伎の人気演目である。ぼくは、これを旧歌舞伎座で観ている。確か、御殿の場である。乳人の政岡が我が子の命と引き換えに主君を守る場面である。この芝居では、原田甲斐は悪人中の悪人となっているのだが、山本周五郎の『樅ノ木は残った』では正反対。物事は見方によってこうも変わるのか、興味深かった。50代に入ってからだったと思う。人に誘われて、柄にもなく毎月のように歌舞伎座に通ったことがあった。

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萩乱る我が家我が庭我が窓辺

拙句集『大花野』に萩咲かせ昔の家に戻しけりを入れた。萩は妻の願いであり、母の思い出、父の思い出に通じる。今、我が家を「感泣亭」(かんきゅうてい)と称しているが、これは父・正孝が自分の書斎に付けた名前のよる。その書斎の前には正孝の親友であった坂口昌明さんから贈られた萩が繁茂していた。坂口さんは、正孝の詩の最大の理解者であり、『一詩人の追求ー小山正孝氏の場合』を出している。本人も詩人であるが、守備範囲は驚くほど広く、音楽から民俗学まで及ぶ。晩年の坂口さんの主なフィールドは津軽であった。