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喫茶店

俳句フォトエッセイ

爽やかや佐伯誠の手紙展

台風の雨が激しい。会場は、田園調布と自由が丘の間にある「スペースengawa in」である。ここは、ぼくにも懐かしい場所だ。妻と一緒の散歩でよく立ち寄った。緑に囲まれた庭をもつ民家、素敵な空間だ。佐伯誠さんがこの場所をこよなく愛していたことを初めて知った。荒天にも関わらず、会場には30人を超す人々が集まっていた。壁には、佐伯さんが生前に送った手紙や葉書、ファックスの類がこれでもかとばかり展示されていた。単なる手紙なのに、そのどれもが美しい。字に味があり、それにちょっとしたイラストが添えられている。佐伯さんは、ポップな才人なのだ。

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秋の声聞きつつ感泣亭句会

16日(水)は、久しぶりの感泣亭句会である。今年になって初めてだ。春夏秋冬、3ヶ月に一回ずつ行ってきたのだが、どういうわけか今年は予定が重なってしまったのだ。会場は、写真のスペース感泣亭であるが、このスペースができる前から感泣亭句会は出発している。父の書斎を会場にしたときもあるし、田園調布の喫茶店で行ったこともある。始まりは、恐らく2010年だった。ぼくが学校を退職した年だ。勤務が週4回になり、水曜日が休日になったことから会を第3水曜日に設定したのだ。当時、俳誌「梓」の編集長だった俳人の高橋博夫さんに毎回参加していただき、ご指導いただいた。

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閉店まで粘る輩や秋灯し

この日もカフェの閉店まで粘った。4時間は居ただろうか。図書館でものを書いたり、本を読んだりすればいいのに、どうもあの堅苦しい静寂が苦手だ。感泣亭には、父の残した立派な書斎があるし、スペースもある。冷暖房は自分の具合にあわせられるし、好きな音楽を聴ける。よほど便利だとは思うのだが、何だか落ち着かない。思い出してみると、ぼくの「書斎」の半分は喫茶店だった。最初は、浅草のフラミンゴだ。この店は国際通りにあり、今でも2階のバーは残っているはずだ。お神輿で有名な宮本卯之助商店の一つおいた隣にあった。鮮やかな緑色の壁に大きな絵がかかっていた。前金制で濃いフランス風のコーヒーが出てきた。

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夏の果てぼくの時代が朽ちていく

よく寝ているはずなのに、体が重いと感じる日が続く。今まで、エスカレーターには乗らず、階段を上ることを旨としていたが、とてもダメだ。階段を上ると、太腿の裏が痛い。息が上がる。これが急に襲ってきた暑さのせいだといいのだが。湯島に出た。ぼくは、いろいろなところに行きつけの喫茶店を持っている。酒を呑まない代わりのコーヒーの店だ。湯島には「フレンチヴォーグ」という店があった。シックで白い壁の落ち着いた店だ。深煎りの珈琲がうまい。トイレが他と共用でわざわざ鍵を借りて入った。店の前まで行って、はじめて無くなっていることに気づいた。ドアだけは昔のままだ。内装は取り払われ、廃墟のように広がっている。

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終戦忌空席のあるコメダかな

いつもコメダ珈琲店は混んでいる(元住吉店)。しかし、今日は空いていた。今日は終戦忌、お盆だからだろうか。ぼくにとって喫茶店はお茶を飲んでゆっくりする場所と言うより、図書室であり作業場である。今日は締切の近いエッセイを完成させ、いただいた句集を読む。モーニングを食べながら3時間半は過ごした。学生時代に10時間喫茶店で過ごしたことがあるが、それを除けば一番便利に使ったのは業平橋のジョナサンである。24時間営業で、コーヒーは飲み放題だった。当時住んでいた団地から歩いて1分だったので、実に便利だった。夜の2時や3時迄居たことも稀ではなかった。

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大寒の喫茶店てふ居場所かな

今なら「カフェ」だろう。喫茶店という言葉には昭和の匂いがする。その昔は純喫茶と言った。お酒は出さないという意味が「純」に込められているのかもしれない。喫茶の「喫」は喫煙の「喫」でもある。必ず、テーブルの上には灰皿が用意されていた。店ごとに工夫を凝らしたマッチがあり、それを集めて楽しんだりした。純喫茶が姿を消し、一時街に喫茶店というものがなかった時代があるように記憶している。そこに登場したのが「ドトール」だ。スタンドで椅子がない。ただ、コーヒーを味わうためだけの場所だった。いきなりステーキという店もあるが、こちらも開店当初は椅子がなかった。アメリカの文化なのだろうか。