俳句フォトエッセイ2026.08.22夏の果てぼくの時代が朽ちていく小山正見よく寝ているはずなのに、体が重いと感じる日が続く。今まで、エスカレーターには乗らず、階段を上ることを旨としていたが、とてもダメだ。階段を上ると、太腿の裏が痛い。息が上がる。これが急に襲ってきた暑さのせいだといいのだが。湯島に出た。ぼくは、いろいろなところに行きつけの喫茶店を持っている。酒を呑まない代わりのコーヒーの店だ。湯島には「フレンチヴォーグ」という店があった。シックで白い壁の落ち着いた店だ。深煎りの珈琲がうまい。トイレが他と共用でわざわざ鍵を借りて入った。店の前まで行って、はじめて無くなっていることに気づいた。ドアだけは昔のままだ。内装は取り払われ、廃墟のように広がっている。調べてみると、すでに2年前には閉店していたようだ。考えてみれば、当然の話だがほとんどの店の寿命は人生よりは短い。はじめて入り浸った浅草の「ミスティ」は早々に閉店した。ぼくはこの店でジュークボックスに出逢い、インベーダーゲームを体験した。次に贔屓にしていたフランス風のお洒落な「フラミンゴ」も今はない。新宿の「トップス」も然りだ。六本木に行くと必ず寄るカファブンナはお爺さん1人で切り盛りしている店だ。いつまで続くだろうか。ぼくが歳とるように、店も歳をとる。そうして、時代は回っていくのだろう。近くの小さなカフェに入り、モーニングを注文した。確かに時代は朽ちていく。しかし、だからと言ってぼく自身が朽ちるわけではない。だったら、ぼく自身が朽ちるまでは、自分を貫くしかないではないか。夏の果てまでには、まだ時間が残っている。
よく寝ているはずなのに、体が重いと感じる日が続く。
今まで、エスカレーターには乗らず、階段を上ることを旨としていたが、とてもダメだ。
階段を上ると、太腿の裏が痛い。息が上がる。これが急に襲ってきた暑さのせいだといいのだが。
湯島に出た。ぼくは、いろいろなところに行きつけの喫茶店を持っている。酒を呑まない代わりのコーヒーの店だ。
湯島には「フレンチヴォーグ」という店があった。シックで白い壁の落ち着いた店だ。深煎りの珈琲がうまい。
トイレが他と共用でわざわざ鍵を借りて入った。
店の前まで行って、はじめて無くなっていることに気づいた。ドアだけは昔のままだ。内装は取り払われ、廃墟のように広がっている。
調べてみると、すでに2年前には閉店していたようだ。
考えてみれば、当然の話だがほとんどの店の寿命は人生よりは短い。
はじめて入り浸った浅草の「ミスティ」は早々に閉店した。ぼくはこの店でジュークボックスに出逢い、インベーダーゲームを体験した。次に贔屓にしていたフランス風のお洒落な「フラミンゴ」も今はない。
新宿の「トップス」も然りだ。
六本木に行くと必ず寄るカファブンナはお爺さん1人で切り盛りしている店だ。いつまで続くだろうか。
ぼくが歳とるように、店も歳をとる。そうして、時代は回っていくのだろう。
近くの小さなカフェに入り、モーニングを注文した。
確かに時代は朽ちていく。しかし、だからと言ってぼく自身が朽ちるわけではない。だったら、ぼく自身が朽ちるまでは、自分を貫くしかないではないか。
夏の果てまでには、まだ時間が残っている。