【初心者歓迎】俳句フォトの会 会員申込はこちら

大花野

俳句フォトエッセイ

手を握り祭の夜を彷徨す

句集『大花野』に収録したこの句を詠んだのは、今から7年前のことだ。色々な気持ちが交錯していた。お祭りに出かけたら楽しいだろうな。妻も喜ぶだろう。しかし大丈夫かな。元住吉の駅前にある住吉神社に出かけた。あたりは屋台が店を出し、人で溢れていた。昔ながらの焼きそばや射的もあった。しかし、予想したよりずっと人が多い。妻を迷子にしたら大変だ。思わず妻の手を握り人混みの中を歩いた。妻も不安だったのだろう。しっかりぼくに寄り添っている。特に何か目的があったわけではない。境内をただ歩き、屋台をのぞいた。人混みから抜けた時はほっとした。その祭の夜を詠んだのが冒頭の句である。

俳句フォトエッセイ

ようやっと風に揺らめく萩の花

天気予報通り、急に涼しくなった。蒸し暑さは残っているし、エアコンが全く要らないと言うほどではないが、「いよいよ秋」という実感がある。我が家の萩の花もようやっとほころび始めた。この萩はおそらく宮城野萩という品種だろう。萩にも種類が色々ある。山萩が一番多いらしい。宮城野萩にも色のバリエーションがある。ぼくが萩で美しいと思ったのは、墨田区にある向島百花園の萩のトンネルと鎌倉宝戒寺である。百花園の方は宮城野萩が中心だが、宝戒寺は白萩だ。俳句結社の鎌倉吟行で連れて行っていただいた。見事な萩に圧倒されて碌な句ができなかった(笑)。講談社学術文庫に『雨のことば辞典』と言う本がある。

俳句フォトエッセイ

乱れ萩しとどの雨の金曜日

今日は、江東区の某小学校の俳句研修会に伺う予定でいたが、台風の影響で延期になった旨、連絡があった。写真は、我が家感泣亭の前に繁茂している萩である。この萩は、句集『大花野』の句萩咲かせ昔の家に戻しけりの萩である。この場所には、昔から萩が咲き乱れていた。その萩がスペースの工事で途絶えてしまったのを復活させたのである。昔の萩は、坂口昌明さんが長野からわざわざ持ってきてくれたものだった。そして今日9月5日は、その坂口さんの命日である。坂口さんは、猛烈な知識の持ち主で、想像を絶するほどの集中力を有している方だった。

俳句フォトエッセイ

始まりも終わりも緑七変化

我が家の紫陽花は頭をちょん切ってしまった。もし、花をつけたままにしておいたら、写真のような緑に戻るのであろうか。紫陽花の花は実は花弁ではなく萼であり散らないと以前に書いた。次第に鈍色になり、色を失っていく。そのことは、よく観察し認識していた。しかし、この枯れた紫陽花の色は何となく咲き始めの紫陽花に似てはいないだろうか。紫陽花の異名に「七変化」がある。紫陽花は土壌の性質によって色が変わる。確か、酸性だと青になり、アルカリ性だと赤になるはずだ。「七変化」とはこの色の変化を指すものとばかり思っていた。がそればかりではない。薄緑の「花」に色がつき、そしてまた緑に戻る。その過程も「七変化」なのだ。

俳句フォトエッセイ

頂きぬ初物となるさくらんぼ

小ぶりだが、輝くさくらんぼをいつもお世話になっているOさんに頂いた。佐藤錦だ。さくらんぼには、紅さやかや高砂など多くの品種があるが、佐藤錦は、その中でも高級品だ。6月の中旬が収穫時期なのでこの時期のさくらんぼは、更に高値だろう。ありがたく頂戴した。ぼくにとってさくらんぼは、特別の意味がある。句集『大花野』に「あなたのは」とばかり訊く妻さくらんぼ正見の句があるからだ。この句を最初に取り上げてくれたのは、俳人の長谷川櫂氏である。読売新聞に毎日連載されている「四季」には、次のように記されている。「十年前、妻がアルツハイマー型の認知症と判明。外に出れば道に迷う。家の中でも迷子になる。

俳句フォトエッセイ

聖五月バーテンダーといふ勇姿

兼子崇志さんのnoteを読んでいたら、突然ぼくの「小山正見」という名前が出てきた。どうやら褒められているらしい。早速兼子さんに連絡し、転載の許可を頂いた。兼子さんは、今は銀座でバーテンダーをされている。何だかお洒落だ。そして、本業には作家だ。さらにお洒落だ。知り合った時は介護関係の業界紙の記者をされていた。句集『大花野』を取材して頂いた。しかし、彼は自分の人生を歩むと決めて、職を辞し小説を書くためにバーテンダーを選んだのだ。勇気ある選択だと思う。こういう勇気ある人の話は面白いに決まっている。だから目についた時はできるだけ読むようにしている。そして出会ったのが以下の文章である。

俳句フォトエッセイ

湯河原の四月三日の湯楽かな

次の日の2017年4月3日の写真を調べてみた。3枚だけあった。一枚はこの写真で後の2枚は、妻が朝食をとっている様子を撮ったものだった。「そうか湯楽という宿に泊まったのか」この宿は今でもある。地元野菜を使った創作イタリアンが売りだという。おそらくこの時の食事もイタリアンの創作料理だったのだろう。この写真は宿の人に撮ってもらったものだ。時刻は11時07分とある。チェックアウトのぎりぎりまで宿にいたことがわかる。歩き回った記憶はないので、すぐに東京に戻ったのかもしれない。旅行に行くのは「楽しい」ものとばかり思い込んでいたが、妻にとってはそう単純なものではなかった。

俳句フォトエッセイ

唐突に春満月に出逢ひけり

まずは、お礼。昨日「如月のダウンの白のインパクト」をアップしたが、それに対して「如月のダウンコートの白さかな」との修正案をいただいた。どうしても、その時の印象が強いと、そこに引きずられてしまう。過剰に言葉に頼ってしまう結果になる。「白さかな」で十分白は強調されている。如何に気持ちを抑えることができるかが大切だと思った。ありがとうございました。肉眼で見た満月は大きい。写真にするとこんなに小さいのかとがっかりしてしまう。句集『大花野』の最後の句は「春満月」の句だった。春満月道なき道を照らしをり正見今、写真のように春満月は小さくなり光も弱くなっているが、道はまだまだ続いている。

俳句フォトエッセイ

往く路にさざんか溢るるばかりなり

さざんかは息の長い花である。十一月頃から花をつけ始め、半年もの間咲いていたりする。咲き終わっても葉の緑が美しい。妻のお世話になっているグループホームがこの路の先にある。さざんかはぼくに元気をくれる。妻がグループホームにお世話になるようになってから丸三年が過ぎた。四回目の正月を迎えた。ぼくはこの間、このさざんかの路を二百回近くの往復したことになる。今から考えると最初の一年間は普通に歩けたし、話もそれなりに通じた。二年目になると歩けなくなり、車椅子になった。自分で体を支えるのが難しくなってきた。三年目になって、言葉があまりでなくなってきた。今は、自分で食事をすることも難しくなっている。

俳句フォトエッセイ

石蕗やリール俳句のあれやこれ

いよいよ大晦日になった。M君に「君の今年の漢字は何か?」と問われた。「うーん」と一瞬考え、頭に浮かんだ漢字は「活」である。考えれば考えるほど、活きて、活かされた一年だったと思う。①感泣亭に人が集い、活きた場所になった。シュトーレンの史ちゃんは「感泣亭恐るべし」と呟いた。サロンd e感泣亭に加えて「あなたを語る会」「読書会」「言葉の部屋」などの取り組みが生まれ、順調に推移した。ワインの会やプリンの会など皆で楽しんだ。②俳句フォトの会が生まれ、成長した。各地でのイベント、研修会が行われ活き活きと活動できた。