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嬉しい

俳句フォトエッセイ

春陰や人の歯垢をとる仕事

ガリガリと歯垢をとる音。時計を見ると、治療を始めてから既に1時間経っている。昨年から通っている歯科医院の一室である。好きな人はいないだろうが、ぼくも歯医者が嫌いだ。抜けた歯を20年以上放っておいた。それが、ある事情で歯医者に行かざるを得なくなった。ぼくは、子供の時から歯は丈夫だった。乳歯が頑丈過ぎて、抜けない。仕方なく、歯医者で何本も抜いたこともあった。つい半年前のことだ。一本の歯がグラグラするので歯医者で診てもらったら、なんと乳歯だった。歯の手入れも極めて杜撰だった。歯磨きも朝に一回だけ。しかも、形ばかり。いつの間にか歯磨き粉も使わなくなった。歯の治療が一応終わったところで歯医者に言われた。

俳句フォトエッセイ

招かれて俳句の授業百千鳥

今年度も終わりに近い。江東区教育委員会を退職して、まる3年になる。にも関わらず、各地の学校から「俳句の授業に来てほしい」との声をかけてもらえる。実に嬉しいことだ。中には「先生の授業を若い先生に見せたいから」というものもある。自分で言うのも何だが、最近は子供と触れ合う「呼吸」が、自然になってきたと感じる。しかし、若い時はそうではなかった。学級経営がうまくいかず、学校を辞めたいと思ったことも一度や二度ではない。学級崩壊状態に陥り、気が変になりそうになったこともある、それがどこで変わったのか。自分でもよくわからない。しかし、管理職になって考え方が変わったのが大きいとぼくは思っている。

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道端に両手広げた雪だるま

道端にまだ小さな雪だるまが溶け残っていた。手袋の両手を広げ、よく見ると目もちゃんとついている。ここは国分寺市だ。国立駅からバスで15分ほど。農地や雑木林も所々残っている。俳句の授業の要請があってここに来た。この年になって、こうした要請があるのは嬉しい。最初の雪の記憶は一枚の写真だ。父に抱かれたぼくが庭に作られた雪だるまの隣で笑っている。ぼくは病気で寝ていて、父に「雪だるまを作って」とねだったのかもしれない。そんな記憶がチラッとある。次は中学3年の時だ。都立高校の合格発表の日だった。受かっていた。学校に戻って、校庭で思い切り友達と雪を投げ合って遊んだ。