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廃墟

俳句フォトエッセイ

秋冷や渋谷西武の廃墟めく

「渋谷西武」が閉店した。これで、渋谷に百貨店は無くなった。渋谷西武百貨店が開店したのは、1968年だ。さらに渋谷パルコが73年に開店している。新しい文化が生み出され、公園通りは、若者のメッカとなった。渋谷が若者の街となったのは、西武の力によるところが大きい。ぼく自身は、西武のファッションにはまるで興味はなかったが、西武が起点になって作った渋谷の街並みと雰囲気はとても好きだった。閉店して数日、渋谷西武があった場所を歩いた。まだ、片付けは続いているらしい。建物の中から物品が運び出され、トラックに積み込まれている。デパートの看板やショーウィンドウは、既に閉鎖されている。

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冬薔薇の匂ひ漂ふカウンター

武蔵小杉に向かう途中、和田珈琲店のカウンターに座っている。目の前に薔薇をメインにした鉢があり、隣には小さな人形が並んでいる。フェルトのクリスマスツリーがある。いつもはセルフサービスのチェーン店だが、こういう店は心が落ち着く。午後からは「椿句会」と称する句会がある。3年近く前のことだ。当時の責任者の方から跡を継いでほしいと言われた。江東区を退職したばかりで暇だったのでお引き受けすることにした。それから毎月一度武蔵小杉に通っている。今日は時間があったので、いつもは通らない道を通ってみた。廃墟になった建物、空家が目につく。以前は確かに人の住んでいたアパートが草ぼうぼうになっていた。

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廃屋を喰ひ始めたり青き蔦

散歩の途中である。改めて、しげしげと眺めてしまった。まだ古い家ではない。意匠をこらし、お洒落な一軒家である。誰も住んでいないことは、明らかだ。白く塗られた家を青蔦がぬめぬめと這い上がっていく。飲み込まれてしまうのは、時間も問題であるかのようにも感じられる。廃墟ツアーというのが、あるそうだが、ぼくが見た無惨な廃墟の一つは、長崎の軍艦島だ。軍艦島の名称は、外観が戦艦「土佐」に似ているところからついた。20世紀前半は質の良い石炭が取れることから大いに採掘が進んだ。「端島炭鉱」と呼ばれた。高層の住宅が作られ、1960年頃には、5000人が住んだと言われる。それが、エネルギー政策の転換で廃坑になった。