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感泣亭秋報

俳句フォトエッセイ

曝書して父の書きたるラブレター

母が父からのラブレターをとっていたことは知っていた。小山正孝研究という立場で言えば、『感泣亭秋報』に取り上げるべきテーマだった。資料として大きな価値があることは確かだ。しかし、あまりにも細かな字で書かれているために読み取れなかった。ぼく自身が白内障だったせいもある。誰かに読んでもらえばよかったのだが、その時は気が付かなかった。今朝、久しぶりに取り出して読んでみたら読める。白内障の手術を済ませたということもあるが、朝の早い時間だとまだ目が疲れていないからだろう。そこで、少しずつできる範囲で書き起こすことに決めた。順不同だが、最初は結婚6年目に書かれた手紙だ。

俳句フォトエッセイ

花の雨母の遺影と向かひ合ふ

母・常子は2014年3月23日に亡くなった。今年で13回忌のはずである。本来なら、お坊さんを呼び一族が集まって偲ぶところだろうが、我が家では何もしない。だいたい、戒名も位牌もないのだ。父からしてそうだった。その代わり、忌み日に「感泣亭例会」を開き、「感泣亭秋報」を発行してきた。それも18冊で終刊とした。母の遺影は卒寿のお祝いに自由が丘のレストランで家族で撮った写真からとった。穏やかな顔をしている。母は、父が亡くなってから、思い出を圓子哲雄さんが主宰していた『朔』に寄稿し続けた。この文章を妻の邦子がまとめ『主人は留守、しかし・・・』という本にまとめた。

俳句フォトエッセイ

乱れ萩しとどの雨の金曜日

今日は、江東区の某小学校の俳句研修会に伺う予定でいたが、台風の影響で延期になった旨、連絡があった。写真は、我が家感泣亭の前に繁茂している萩である。この萩は、句集『大花野』の句萩咲かせ昔の家に戻しけりの萩である。この場所には、昔から萩が咲き乱れていた。その萩がスペースの工事で途絶えてしまったのを復活させたのである。昔の萩は、坂口昌明さんが長野からわざわざ持ってきてくれたものだった。そして今日9月5日は、その坂口さんの命日である。坂口さんは、猛烈な知識の持ち主で、想像を絶するほどの集中力を有している方だった。