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感泣亭

俳句フォトエッセイ

飾り立てカードゲームのクリスマス

初めて、A Iで写真を加工してみた。リアル感はないが、雰囲気だけを抽出して伝えることができそうだ。感泣亭の毎月定例のイベント「あなたを語る会」のクリスマスパーティである。メインゲストは、大山功一さん。先日、りんかい線大井町駅ホームで偶然に出会ったあの大山功一さんである。ポケモンカードゲームの考案者でカードゲーム界のレジェンドの大山さんだ。この日は、大山さん考案のカードゲームを思い切り楽しもうという試みである。因みに写真で行われているカードゲームは、大山さんが作ってくださった「咲き満ちて小山正見の俳句フォトカルタ」である。お土産は大山さんの2026年カレンダー。

俳句フォトエッセイ

仮装して一日遅れのハロウィーン

10月31日はハロウィンだった。大雨だったが例の渋谷はどうだったのだろう。明けて、11月1日。感泣亭で「木々の詩」の会合があった。突然「ハロウィンをやろう」という話になり、仮装が始まったというわけだ。一日遅れのハロウィンである。ぼくも仲間に加わった。「木々の詩」とは、不登校の親の会の竹内先生が中心になって始められた会で、親と子がのんびり、ゆるく過ごそうという会である。コロナの前から毎月一回のペースで続いている。当時小学校低学年だったSさんは中学生になり、高校生だったKさんは既に成人である。感泣亭で過ごすだけでなく、一緒にカラオケに行ったりコンサートを共にしたこともある。

俳句フォトエッセイ

秋うらら認知症カフェてふ居場所

先日、認知症の人と家族の会の会合に参加したという話を書いた。実は、妻が発症した当時、今から10年以上前のことだが、ぼくは必死になって「家族の会」を探した。だが、どうしたわけか見つからなかった。そうした会合を探して、三鷹まで行ったこともある。ボランティアの会の方が我が家まで来てくれたこともある。包括支援センターと繋がったので安心して、その後探すのを中断した。センター長が熱心な方で、我が家感泣亭で「オレンジカフェ(認知症カフェ)」を行うという話がまとまった。細々ながら2年ほど続いた後、突然センター側から「中止」の話が出た。センター長が替わり方針が変更になったのだろう。

俳句フォトエッセイ

乱れ萩しとどの雨の金曜日

今日は、江東区の某小学校の俳句研修会に伺う予定でいたが、台風の影響で延期になった旨、連絡があった。写真は、我が家感泣亭の前に繁茂している萩である。この萩は、句集『大花野』の句萩咲かせ昔の家に戻しけりの萩である。この場所には、昔から萩が咲き乱れていた。その萩がスペースの工事で途絶えてしまったのを復活させたのである。昔の萩は、坂口昌明さんが長野からわざわざ持ってきてくれたものだった。そして今日9月5日は、その坂口さんの命日である。坂口さんは、猛烈な知識の持ち主で、想像を絶するほどの集中力を有している方だった。

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蕃茄(とまと)添へザクザク野菜炒めかな

蕃茄と書いて「とまと」と読むとは!歳時記を見て初めて知った。角川の歳時記に飯田蛇笏の次の句が載っている。白昼のむら雲四方に蕃茄熟る蛇笏買ってきたミニトマトがちっとも美味くない。「食えないな」と思ったが、野菜炒めに入れてみたら美味しかった。彩りも良い。最近、「少しでも自炊をしなくては」と思い始めている。もう古稀も過ぎたし、喜寿すら過ぎたのだからいつ死んでもいいようなものだが、まだ暫くは死ねない事情もある。父が亡くなったのは、86歳だった。これが目安だが、この夏に病院に行ってこの目標が微妙だということがわかった。一番の問題は腎臓だ。

お知らせ

イベント開催報告:第二回俳句フォトの会例会(9月14日)

が講師を務め、俳句の基本的な構造から季語の使い方、写真と俳句の効果的な組み合わせ方まで、分かりやすく説明しました。その後、参加者の皆様が持ち寄った俳句フォト作品を一つ一つ丁寧に鑑賞し合い、活発な意見交換が行われました。参加者同士が新たな気づきを得られる貴重な機会となり、俳句フォトの日常生活への活かし方についても話し合いました。短い時間ながらも、参加者の皆様お一人お一人の俳句フォトへの深い思いや情熱が伝わる、心温まる素敵な例会となりました。作品を通じて共感し合い、お互いの感性を分かち合う和やかな雰囲気の中で、第二回例会は終了しました。

俳句フォトエッセイ

気に入りの本を持ち寄る梅雨の夜

もう一年以上前になるだろうか。イケメンの青年が感泣亭を訪ねてきた。「読書会をしたいのですが、会場を貸してくれませんか」今時、奇特な青年がいるものだ。それから毎月一回土曜日の夜に「読書会」が始まった。ルールは簡単である。参加者が自分の推薦する本を持ち寄り、それについて代わりばんこに語る。スルーして終ることもあるし、議論になることもある。ぼくには、このやり方は新鮮だった。読書は一人でするものと長い間思ってきたからだ。時に人に読んだ本を薦めることあったが、こうして皆で持ち寄ってその話をするという習慣はなかった。梅雨に入ったこの夜、急に参加できない人もいていつもより少人数だった。

俳句フォトエッセイ

花冷を過ぎて鍋焼うどんかな

小林愛×小山正見の「大花野展」は大盛況のうちに終わった。と言っても良いだろう。6日間の会期に感泣亭の関係者だけでもゆうに100人を超える方々がおいでくださった。感謝しかない。しかも、1日に偏ること無く、平均して来てくださったこともありがたかった。しかし、6日間連続興行は結構疲れるものだ。後片付けも打上げも後日に延ばし、この日は散会することにした。夕食を作る気力もなかったので、外に食べに出た。重いものは食べたくない。浮かんだのが蕎麦屋だ。雨はまだ降り止まない。やぶ久は元住吉で一番旨いと評判の蕎麦屋だ。妻とよく行った。極端に言えば1週間に一度は行ったかもしれない。妻は山かけ蕎麦をよく食べた。

俳句フォトエッセイ

大花野展勿忘草(わすれなぐさ)の再び

大花野展は今日最終日を迎えた。天気予報では雨の予想である。今はまだ降っていない。お客さんを帰さない「遣らずの雨」になるのだろう(笑)スペースの前に置いてある甕に小さな青い花が咲いている。よく見たら勿忘草(わすれなぐさ)だ。去年の種から芽が出たのだ。昨年の4月17日にぼくは、この俳句フォトにどうしても勿忘草をおまえに正見を挙げた。ぼくが妻と初めて出逢ったのは19歳の時だった。それから紆余曲折があって結婚したのは5年後の24歳の時だった。その青春とも言える時期に流行ったのが芹洋子の「忘れな草をあなたに」だった。朝、YouTubeで探して聴いてみた。

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花おぼろ帽子を縁の出会ひかな

小林愛×小山正見の「大花野展」はいよいよ五日目、終盤戦に突入した。昨日は雨の予想だったが、展覧会が終わるまで天気が持ったので、大勢の方に来ていただけた。暇な時には喫茶店にコーヒーを飲みに行って気軽な1週間だと高を括っていたが、とんでもはっぷん。次から次へとお客さんが見えて、昼食を取る間もないほどだ。近所の方も多いが、遠くから来てくださる方、何十年ぶりかでお目にかかる方もいて実に嬉しい。一瞬のイベントだとなかなか都合が合わないが、期間が1週間あれば「ちょっと」という気にもなってもらえるのだろう。そういう意味では「展覧会」という企画は「出会い」を演出するにはなかなか適している。