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東京新聞川崎版

俳句フォトエッセイ

花吹雪桜吹雪や九月尽

川崎市川崎区大島にある大島劇場が28日、最終公演を終え、閉館した。76年の歴史に幕を下ろしたことになる。朝日新聞の記事によると、これだけ昔の雰囲気を残す芝居小屋は全国的にも珍しいとあった。東京新聞川崎版の「小山正見のかわさき俳句フォト」の取材でこの芝居小屋を訪れたのは、昨年の暮れだった。入場料が2000円。映画を観るのと同じぐらいの金額だ。それに座布団を借りると100円、座椅子が100円。畳の上に胡座をかいて座った。2回目に行った時には、観客は4人しかいなかった。それでも座員は懸命に演技し、踊る。ライトに白い肌が浮かび、目がキラキラと輝く。まるで映画『国宝』の吉沢亮のようだった。

俳句フォトエッセイ

新春の川崎港を一望す

川崎駅からバスで約30分。工場街を抜け、海底トンネルをくぐった先に川崎マリエンはある。地上51メートルの展望台から川崎港を一望できる建物だ。川崎は、この港から世界につながっている。川崎マリエンは、姿が見えにくい川崎港の役割を市民に理解してもらうことを目的に建てられたものだ。マリエンとは、海を意味する「マリン」と「エントランス」(玄関)をつなぎ合わせた造語である。その周りは公園になっており、テニスコートなどが広がっている。展望台のすぐ下には輸出用の自動車が並んでいる。川崎港はどうやら自動車メーカーSUBARU(スバル)の有力な積み出し港になっているらしい。コンテナターミナルも見える。

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幾重にも命包みぬ秋の薔薇

東京新聞の川崎版に轟緑地の薔薇園が今年で休園になると言う記事を見たら、急に薔薇が見たくなった。今日は何一つ予定が入っていないまず思い浮かんだのは横浜山下公園である。ここの薔薇園は「国際友好の薔薇園」と称しているらしい。いかにも横浜である。規模も結構大きい。妻とよく散歩に来た。薔薇園に座り、ぼうーとして海を見ていた。ぼくの句集『大花野』の海を見て暗き日永をやり過ごすである。https://amzn.to/4ofWdOc 港が見える丘公園の薔薇園もよい。ここの薔薇園も相当なものだ。丘に登る階段では息を切らすが、展望台からは横浜を一望に見渡す事ができる。大佛次郎記念館や神奈川近代文学館もある。

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歩み行く 大山街道 秋高し

川崎に長年住んでいるのに「大山街道」について、何一つ知らなかった。知ったのはNHKの「ブラタモリ」、三軒茶屋編を見たからである。大山街道は東京・赤坂から神奈川県伊勢原市の大山を結ぶ。全長は約70キロ。大山は標高1252メートル。雨降山ともいわれ、大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ)のある信仰の山だ。江戸時代の中期には「大山詣(まい)り」が大流行し、二子や溝口の宿場は大いに栄えたらしい。江戸時代の旅行はなかなか許可が下りなかった。しかし、神社仏閣への参詣は大目に見られたようだ。「お伊勢参りまではできないが、大山ぐらいまでなら」といったところだろう。

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 新涼の工場夜景てふ穴場

川崎駅からバスで約20分。ここは、川崎区水江町である。運河の向こう側には東亜石油や日本触媒の工場の灯(あか)りが広がっている。暗い空が燃え上がるかのようだ。しばらく眺めていたら、後ろから足音がドヤドヤと聞こえてきた。観光バスが着いたのだ。工場に囲まれたこの場所は、今や工場夜景見学ツアーの中心になっている。いしだあゆみさんの「ブルー・ライト・ヨコハマ」をご存じだろうか。150万枚売れた伝説的なヒット曲である。1968年発売というから今から半世紀以上前の話だ。作詞の橋本淳さんは、この曲のモチーフにしたのは「川崎の工業地帯の青白い灯り」だったと語っている。

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秋めかぬ末の神社の灯かな

取材で川崎市の臨海部に出かけた。ゆっくり夕食を食べていたら、乗るべきバスを逃してしまった。「しまった」とは思ったが、「近くまで行くバスを探せばよい」と気を取り直した。スマートフォンの地図を見たら「臨港バス塩浜営業所」が近いことがわかった。そこにバスが来た。「塩浜営業所」行きだった。約20分。乗客は少なくなり、終点まで乗っていたのはぼく1人だった。「終点」やけに寂しい場所だ。そこで初めて気がついた。ぼくの乗っていたのは「市営バス」。市営バスが臨港バスの営業所に行くはずがない(笑)「あららら」同じ「塩浜」だからそんなに遠くはないだろう。スマートフォンに助けられた。

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梅雨近ししばられ松の摩訶不思議

向ケ丘遊園から梶ケ谷に向かうバスに乗った。東急バスの路線で、系統番号は「向01」。ふと、路線図の中に「しばられ松」というバス停を見つけた。なぜ縛られているのか-。その奇妙な名前が頭に残っていた。先日、友人から「昔ばなしを語ろう会・かわさき」の朗読会に誘われた。この会は「昔ばなし大学」を全国で開講されてきた多摩区在住の口承文学者、小澤俊夫さん(世界的指揮者である故・小澤征爾さんの兄上)の活動に刺激されて生まれたという。その日、会場の多摩区役所生田出張所には20人近くが集まっていた。そこで朗読された話の一つが、あのしばられ松の昔話だった。しばられ松は昔から語り継がれてきた民話の主人公だった。

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川崎は バスの街なり 夏兆す

5/18付東京新聞川崎版に「小山正見のかわさき俳句フォト」が掲載されています。どうぞご覧ください。 https://www.tokyo-np.co.jp/article/405572 川崎駅を出発するバス路線は驚くほど多い。埋め立て地先端の扇島に向かうバスもあれば、ディズニーランドへの直通バスもある。川崎区では、網の目のようにバス路線が張り巡らされている。ワンコイン100円で市立川崎病院へ行けるバスまである。多摩区など西部の各区も同様だ。大きく広がった住宅街の生活には車が必須。なければバスに頼るしかない。高齢化が進めば、バスの役割は一層大きくなるに違いない。

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聖五月バーテンダーといふ勇姿

兼子崇志さんのnoteを読んでいたら、突然ぼくの「小山正見」という名前が出てきた。どうやら褒められているらしい。早速兼子さんに連絡し、転載の許可を頂いた。兼子さんは、今は銀座でバーテンダーをされている。何だかお洒落だ。そして、本業には作家だ。さらにお洒落だ。知り合った時は介護関係の業界紙の記者をされていた。句集『大花野』を取材して頂いた。しかし、彼は自分の人生を歩むと決めて、職を辞し小説を書くためにバーテンダーを選んだのだ。勇気ある選択だと思う。こういう勇気ある人の話は面白いに決まっている。だから目についた時はできるだけ読むようにしている。そして出会ったのが以下の文章である。