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梅雨明け

俳句フォトエッセイ

東京のどこもかしこも大暑かな

今年の梅雨は涼しかった。東京で30度以上の真夏日を記録したのは、たったの2日しかない。それが突然暑くなった。こう、急激に気温が変わると体がついていけない。梅雨明けの空も街もギラギラしている。もうすぐ二十四節気でいう「大暑」である。一年中で一番暑い時期だ。今年の大暑は、7月23日から8月6日頃。おそらく今年も耐え難い暑さが続くのだろう。ただ、ぼくには楽しみがある。土用の丑の日だ。「鰻を食べたい」近年鰻は高騰し、とても手が出せない。しかし、この日ばかりは無理してでも鰻を食べることにしている。土用の鰻を定着させたのは平賀源内とされている。

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大川や夏を呼び込む雲数多

いよいよ関東地方も梅雨明けとなった。昨日誘われて、大川端を散歩した。久しぶりだ。暑いが、それでも独特の川風が気持ちいい。かつて河岸に「餌とも」さんというお店があった。その名の通り、釣りの餌を売る店だ。堤防ができる前はすぐ土手に出て釣りが楽しめたらしい。それほど古い店だが、ぼくが八名川小学校に勤務していた20年前にもまだ営業を続けていた。学校に鈴虫や蛍を届けてくれた事もあった。あの「餌とも」のおばちゃんは今も達者でいらっしゃるだろうか。江東区芭蕉記念館も大川沿いにある。芭蕉史跡展望公園からの隅田川の眺望は何度見ても見飽きない。大川と清洲橋の景観は見事である。

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梅雨明を今か今かと石畳

写真をよく見ると石畳の色が違うのがわかるだろうか。色の違う部分は、つい先日掘り返して工事をしていた箇所である。しかし、一日で元の石畳に戻っている。実はカッターで切れ目を入れて石畳調にしているのだ。丈夫だし、見た目も良い。ブレーメン通りがこの石畳に至るまでには紆余曲折があったが、ここでは省く。この道を通って、ぼくは駅へと向かい仕事に出かける。しかし、最近「老いた」と感じることがある。一つは歩行のスピードだ。ぼくは懸命に歩いているつもりなのに、隣のスマホを見ながら歩いている兄ちゃんに敵わない。若い女の子にもどんどん抜かされる。次は階段だ。

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写真とは光の記憶梅雨明くる

目から鱗の写真講座だった。「写真とは光を捉えること」そんな風に考えたことは一度もなかった。第一回俳句フォトの会例会。講師の写真家加賀美光一さんが、教材として持ってきてくれたのが、写真のグラスだ。光が捉えられるのか!加賀美さんとは八名川小学校で出会った。子どもたちの卒業写真などを撮っていただいた。その写真の出来が並ではない。一人一人の子どもが輝いている。彼は風景から商業写真までの分野で幅広く活躍し、あるコンクールでは審査員をも務められている。その技術の一端を教えていただくのが、今回の企画の意図である。スマートフォンのカメラの特徴と使い方についても教えていただいた。

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涼しげに並ぶインクの万華鏡

暑い!暑い!まるでもう梅雨が明けたかのようだ。これから9月までこの暑さが続くかと思うとうんざりする。今日の午前中は川崎市立住吉小学校の6年生の授業だった。日光の移動教室に行ってきたというので、その俳句も詠んだ。コンクールに出すかもしれないので、ここで紹介するのは控えるが、感性が光っている俳句が数多く生まれた。気分がいい。その足で神保町に向かった。尊敬する俳句の実に巧みな人に会うためだ。一緒に話していると自分も上手になるような気がするから不思議だ。目の付け所が違う。爪の垢を煎じて飲みたい気分になる。折角神保町に来たので、帰りに「BUNG BOX」に寄った。ぼくの愛用の万年筆を購入した店だ。

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見渡せば白日傘白日傘白日傘

西日本では、既に梅雨明けしたという。関東地方の梅雨明けも7月上旬が予想されるらしい。猛暑の夏がやってくる。最近は毎年猛暑が積み重なってくる。たまったものではないが、ぼくの記憶に残る猛暑は34年前だ。江東区の学校から港区の笄小学校に転勤して1年目だった。笄小学校の笄(こうがい)とはかんざしのことで、江戸時代は職人町だったのだろうと想像される。霞町の交差点の近くだ。秋元康の作詞でとんねるずが歌った「雨の西麻布」のど真ん中にあったのが笄小学校だ。足立、江東と下町を回ってきた自分としては、随分場違いな学校に来てしまったなと思った。ぼくは1年生を担任していた。この年が暑かった。

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梅雨入宣言今か今かと待つテレビ

「雨だ!」今日こそ、関東地方の梅雨入宣言が気象庁から発表されるだろう。テレビを見ていて気付いたことがある。かつては「天気予報」だったはずだが、最近は「気象情報」に変わっている。※NHKの話確かに災害などのニュースも伝えるからだろう。調べてみたら民放では、今でも「天気予報」が主流らしい。本題に入ろう。桜は靖国神社の標準木が5輪咲くと「開花」とされる。他がどうであろうともだ。桜にしても梅雨にしてもはっきりしないものをはっきりさせるという風習はどこから来ているのだろう。ぼくは、これは「二十四節気」という暦が日本人の文化に深く根を張っているからだろうと思う。