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森澄雄

俳句フォトエッセイ

いわし鯖ひつじまでゐて秋の雲

今年の9月は雨ばかりだった。統計によれば、東京では平年の3倍近い雨が降ったという。秋といえば「天高し」の季節である。夏の湿った空気が去り、秋晴れの透き通る空の美しさが際立つ季節である。雲の形も夏とは違う。夏の雲の代表は入道雲だが、秋には鰯雲や鯖雲や、一つ一つの塊が大きく見える羊雲などのうろこ状の雲が現れる。うろこ状の雲の並びには、雲の上下の温度差によって起こる小さな対流が関わっているという。俳人の森澄雄はこうした秋の雲について《生涯にいくたびか全天鰯雲》と詠んだ。また加藤楸邨は、《鰯雲人に告ぐべきことならず》の句を残している。いずれも人生や生き方について考えさせられる俳句である。

俳句フォトエッセイ

卯の花をはじめて知りて傘寿かな

考えてみるとぼくの歳は80に近い。それなのに、これまで卯の花を知らなかった。佐々木信綱の作詞による唱歌「夏は来ぬ」は「卯の花の、匂う垣根に」の歌詞で始まる。卯の花は、初夏を代表する花なのだ。先日、ある方に「これが卯の花」と教えていただいた。白い小花が重なり、息を飲むほどの白だった。昔の人が卯の花を愛でたのがわかるような気がした。「卯の花腐し」という季語がある。せっかく咲いた卯の花を腐らしてしまう雨という意味だ。卯の花の白を見ると、この言葉に込められた恨めしい気持ちが痛いほどわかる。もちろん若い時に卯の花を知れば、それにこしたことはなかったが、生きているうちに出会ったことを奇貨としたい。

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蕊伸ばしいよいよ妖し曼珠沙華

今年の曼珠沙華は例年より遅かった。暑さのせいだと言われている。しかし、その曼珠沙華もそろそろ終わりだろう。夏の間、曼珠沙華は地下茎しかない。秋になると急速に茎が伸び始め、お彼岸の頃には花盛りになるので、彼岸花とも呼ばれる。曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の名前はサンスクリット語から来ている。仏教では、吉事があると天上から降るとされる花の一つとされ、「天上の花」と言う意味があると言う。俳句の世界でも曼珠沙華は様々に詠まれてきた。山口誓子の「突き抜けて天上の紺曼珠沙華」や森澄雄の「西国の畦曼珠沙華曼珠沙華」などは特に有名だ。おめでたい花で天蓋花と呼ばれる一方、死人花とか幽霊花など縁起でも無い異名もある。

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何事も無きかの如く曼珠沙華

今年も曼珠沙華が咲いた。しかし、例年より遅い。曼珠沙華は別名彼岸花と呼ばれる。お彼岸の時期に丁度花盛りになるからだろう。「十日の菊」ではないが、お彼岸に間に合わない彼岸花は少々魔が抜けているように思う。しかし、曼珠沙華の方はそんなことお構いなしだ。秋空に赤い花を輝かせている。突き抜けて天上の紺曼珠沙華山口誓子を知ったのは俳句を学び始めてすぐの頃だ。実に巧みな描写だ。紺に対比される曼珠沙華の赤が鮮やかに浮かびあがる。(書いてないのに!)歯切れが良く格調がある。すっかり気に入った。森澄雄の西国の畦曼珠沙華曼珠沙華も好きだ。にも関わらず、ぼくは曼珠沙華という花を好きになれない。