江東区報2月号に主宰・小山正見と大久保区長の対談「石田波郷」が掲載されました(2月1日)
江東区報2月号(令和8年2月1日号)にて、「みんなで楽しむ俳句フォト」主宰の小山正見と、大久保ともか江東区長による対談が掲載されました。 今回の対談は、戦後の大俳人であり、江東区にゆかりの深い「石田波郷」を... -- 続きは公式ホームページへ! @haikuphotojp
お知らせ江東区報2月号(令和8年2月1日号)にて、「みんなで楽しむ俳句フォト」主宰の小山正見と、大久保ともか江東区長による対談が掲載されました。 今回の対談は、戦後の大俳人であり、江東区にゆかりの深い「石田波郷」を... -- 続きは公式ホームページへ! @haikuphotojp
俳句フォトエッセイある日、江東区の広報課から電話があった。用件は「波郷記念館で区長と対談してほしい」というものであった。区長とは大久保ともか氏である。一度日程が合わないからと断ったら、別日を指定された。波郷のことなら僕より詳しい人がたくさんいると思ったが、折角の機会なので受けることにした。石田波郷は、戦後の大俳人である。戦後江東区に住み『江東歳時記』を著した。ぼくが波郷の句に出逢ったのは、「初蝶や我が三十の袖袂」だと記憶している。「バスを待ち大路の春を疑はず」の青春性にも惹かれた。しかし、波郷の生涯の全体を見ると結核との闘いだった。七夕竹惜命の二字隠れなし今生は病む生なりき鳥兜などの句には涙を禁じえないほどだ。
俳句フォトエッセイここは、俳句研修会で訪れた江東区立北砂小学校のエントランスである。一輪の薔薇が健気に咲いている。この暑さの中である。全身創痍!花びらは破れ、朽ちかけている部分もある。それでも強烈な赤はそのまま保たれている。北砂小学校へは都営地下鉄新宿線の西大島駅で降り15分程歩く。途中、小名木川を渡る。小名木川は、旧中川と隅田川を結ぶ人工の運河で江戸時代に掘削された。小名木川の由来はこの地を開拓した小名木四郎兵衛に依るという説が有力だ。その小名木川の南側の土手に北砂緑道公園がある。その入口に俳人石田波郷の句碑が立てられている。