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関東大震災

俳句フォトエッセイ

厄日めく空の蒼さや慰霊堂

9月1日は「震災忌」であり「厄日」ともいわれる。立春から数えて二百十日目にあたり、台風が襲来することが多い時期でもあるからだ。今年は、関東大震災の発生から103年を迎える。関東大震災はM8.2の本震の5分後にもM7.3の余震が追い打ちをかけたという。死者・行方不明者は10万5千人に上ったが、その9割近くが火災による犠牲者だった。地震発生が昼時で多くの家庭でかまどや七輪の火を使っていたこと、木造家屋が密集していたことも被害を大きくした。東京都慰霊堂のある横網町公園(旧被服廠跡地)だけで3万8千人以上が亡くなったとされている。横網町公園に入ると蒼い空に慰霊堂が聳えていた。

俳句フォトエッセイ

冬ざるる復興公園の静寂(しじま)

一ヶ月ほど前、復興公園については書いた。写真のこの場所はその時と同じ千代田区立九段小学校に隣接した復興公園である。すぐそばに東郷平八郎元帥が住んでいたことから、通称東郷元帥記念公園という。関東大震災の教訓から公開緑地が火事の延焼を食い止めたという教訓が生かされた形だ。この復興公園で思い出すのはぼくの勤めていた八名川小学校である。同じように復興公園が併設されている。八名川小のある江東区森下は、1945年3月10日の東京大空襲で最も被害の大きかった地域である。火が燃え盛る中で小学校の校舎に多くの人が避難した。熱のため、校舎の中で亡くなった方も多かったようだ。

俳句フォトエッセイ

青北風や学舎の前の大銀杏

「青北風」と書いて「あおきた」と読ませる。歳時記をつらつら眺めていたら出てきた言葉だ。初めて知った。「雁渡し」と同じような意味で、本当は初秋から仲秋にかけて吹く北風の事を言う。今の季節に合わないじゃないかと文句を言われそうだが、ご容赦願いたい。一度使うと忘れなくなるものだから。🙏それにしても見事な大銀杏だ。後の学舎は、千代田区立九段小学校である。ぼくの勤務していた八名川小学校もそうだが、学校に併設して公園が作られている。確か、墨田区も中央区もそうだ。これは、関東大震災の教訓としてできたようだ。九段小学校の校舎は2018年に建て替えられた最新の学舎だ。

俳句フォトエッセイ

炎熱やガラスに溶けるブレーメン

何とも奇妙な写真である。ガラスの向こう側にブレーメン通りが映り込んでいる。先日、俳句フォトの第一回例会で、講師の写真家加賀美光一さんから、写真は光を捉えることだと教わり、ガラスの反射が面白いと言うお話をいただいた。場所は元住吉の駅前の果実店である。この店はぼくの子供の時から既に存在する。斜め前には高林果実店があり、昔から競っていた印象がある。店頭が可愛らしくデコレーションしてあるので、つい撮ってみる気になったのだ。その結果が思いもかけずの反射効果で、おとぎの国ののようになった。かつてUFOの写真が出回ってことを覚えているだろうか。本物か偽物かを巡って大論争になった。

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菜の花のすつくと伸びし花壇かな

ここは花壇なのだ。江東区立八名川小学校に隣接する八名川公園である。墨田区や江東区の深川地区には、隣接して公園の作られている小学校が多い。これは、関東大震災の教訓からである。つまり避難所だ。太平洋戦争末期、この辺りは三月十日の空襲で最も被害を受けた。八名川小学校に逃げ込んだ人も多く亡くなった。生き延びた人は、窓から這い出し、プールの水をかぶって助かったという。満月を倍にしたような大きな太陽が朝昇ってきたのが記憶に残っているという話を聞いた。八名川公園には多くの人の遺体が集められ、山になったらしい。今、その八名川公園は花に満ちている。Nさんを中心とする「八名川花の会」のおかげである。