【初心者歓迎】俳句フォトの会 会員申込はこちら

essay

俳句フォトエッセイ

梅雨明けを待つや江東歳時記碑

『江東歳時記』とは、戦後江東区砂町に住んだ俳人石田波郷の著作である。1957年から58年にかけて東京の江東地域を俳句、写真とエッセイで紹介し、讀賣新聞江東版に連載された。言わば「小山正見のかわさき俳句フォト」の元祖のような作品である。この『江東歳時記』の記念碑が小名木川沿いに建っている。波郷の「小名木川駅春の上潮曇るなり」の句が記されている。元の江東区長、山崎孝明氏の筆である。実はこの記念碑に僕は縁がある。この碑の裏に僕の名前も刻まれているのだ。(笑)江東歳時記の碑の建立を仕掛けたのは、ポン友のK先生だ。K先生は役所で、僕の前の席に座っていた。ある日、「おい、小山!

俳句フォトエッセイ

楚々として貴方を待ちぬ夏帽子

自分は、お洒落には一生縁がないと思っていた。自分で洋服を買いに行ったことなど無かったし、大体その必要も無かった。管理職になってからは、白いワイシャツと背広があれば事足りた。退職の時、PTAの方からピンクの服をプレゼントされ、みんなから「似合っている」と言われて、ちょっといい気分になった。新しい発見だった。しかし、洋服を自分で選ぶ勇気はなかった。ある時、母に付き合って学芸大学を散歩した。宮川という古い鰻屋で食事をした。母が亡くなってから、その時のことを思い出し、また学芸大学を歩いた。鰻の宮川は建物ごと消えていた。代わりに見つけたのが、Viridianという名の帽子屋だった。

俳句フォトエッセイ

餡添へてクリーム添へてかき氷

うだるほど暑い。いよいよかき氷の季節である。モーニングを食べようとコメダ珈琲店に入ったら、目の前に「コメダ名物かき氷」の大きなプレートが置いてあった。かき氷には、子どもの時分からお世話になっている。何と言っても「氷いちご」だ。あの赤がいい。舌が真っ赤になったのを見せ合った。次は青。氷メロンは舌の色がさほど変わらないのでつまらない。氷カルピスが出てきた時は、新鮮だった。かき氷の歴史は、平安時代に遡る。清少納言の『枕草子』の中に「けすりひ」として出てくるらしい。氷室で保存したのだろうが、運んでいるうちに溶けちゃうのではなかろうか。大衆の口に入るようになったのは明治に入ってからである。

俳句フォトエッセイ

涼しさををポップアップの絵画展

場所は蔵前。路地を入った少々わかりにくい場所に会場の「透明書店」はあった。場所に似合わないほどお洒落。現代はお洒落がどこの場所にも出没する時代なのだ。むしろ表参道にあるより、この路地裏の方がお洒落が際立つ。品揃えが面白い。目を引かれる本が目白押しだ。実はここで、元NHKのプロデューサー蜂谷初人さんの個展が開かれている。しかも今日が最終日だ。なんとしても行きたい。蜂谷さんの絵はポップで楽しい。心の底が何となく浮き浮きする。書斎にこんな絵が一枚あったら楽しいだろうとじっくり見させていただいた。せめて残像だけでも持って帰りたい。

俳句フォトエッセイ

涼しさをアクアリウムに演出す

いよいよ暑くなってきた。今回も、俳句に関係なしに、校内宿泊の続きのレポートだ。20数年前の話だがこうやって書くとつい昨日のようだ。台風がすぎてよかった。昼は暑かった。子どもの参加人数は、150名近い。校庭がテントで埋まった。それでも、この人数で収まったのは、4年生以上と制限したから。低学年は、食事と夜の映画会に保護者と一緒に参加を認めた。夕食は、定番のカレーライスだが、大騒ぎ。飯ごう炊飯のかまどづくりに思ったより時間がかかる。結局、食事の予定時刻は、1時間近く遅くなってしまったが・・・それでも、いいねえ。子ども達の顔が!夜、私用があって抜けた。

俳句フォトエッセイ

茎も葉も香も紫に茄子かな

今回も句には関係無しに校内宿泊の話の続き。楽しきブラックの時代のことである。教育委員会に聞いたら、「校長判断」なのだそうだ。それだったら、やれたらやったらいい。少なくとも、その方向を最後まで追求して、無理ならやめるのは、仕方がない。今、教育にとって必要なのは、「みんなが元気になる」と言うことだ。元気になるためには、やりたいことをやることだ。と思う。教員も参加したいやつは参加すればいいし、したくないやつはしなければいい。教頭も同じ。やりたい人間がやる。やりたくない人間はやらない。この考えは徹底したい。そうしないと、自分がやりたいのだから、他の人間もやりたいはずだとか「教員なのだからでるべきだ。

俳句フォトエッセイ

死ぬるまで立ち尽くしてや立葵

俳句と関係ないのだが、パソコンのフォルダの中に20年以上前の「ある校長先生」の文章を見つけた。読んでみたらなかなか面白かった。学校の内情も少し窺い知れる。ここで紹介することにする。もう時効だろう。その1 校内宿泊是か否か今日、校内で激論があった。PTAの一部の役員から今年の夏休みに子ども達に校庭でキャンプをさせたいという提案があったのだ。区からキャンプの道具を一式借りてきて、校庭に張り、そこで寝よう。食事も薪をたいて、飯ごう炊飯をさせよう。まあ、こういう趣向だ。私は、話を聞いた時「うーん」と唸った。実際は、PTAが考えるほど簡単ではない。教頭さん(今は副校長さん)に「どう思う」と聞いた。

俳句フォトエッセイ

手を入れて又手を入れて葡萄棚

会津美里町での俳句フォトの集いは大成功だった。あやめ祭会場では、教育委員会の指導主事のA先生や観光協会のBさんも参加され、あやめの見事さ会場で行われていた様々なイベントを対象に楽しい句が次々と生まれた。宿舎に戻ってからは、飲みながら作品をテレビに映し出し批評しあった。「俳句にハマりそう」という人も出てきた。写真を媒介にすると俳句が作りやすいし、印象にも残るということなのだろう。技術的にも確認できたことがあった。念の為、パソコンもタブレットも持参したが、無しでも十分に集いができることがわかった。

俳句フォトエッセイ

朝曇目指すは会津美里町

東北新幹線の車中である。昨日からの雨は上がった。今日は、会津美里町のあやめ祭で俳句フォトのイベントを実施する。遠出しての俳句フォトイベントは旧中川でのあじさい祭に続き、二回目だ。今回は現地への参加は私一人だが遠隔で技術陣の支援があるので不安はない。しかしパソコンやケーブル、Wi-Fiなどの機材を持参しているので、荷物は重い。主催は会津ワイナリー会である。代表は、横山義隆さん。竹中工務店の役員であったが、東日本大震災後、福島の「除染」の仕事に尽力され、退職後ついにワイナリーを設立された方だ。私は昨年度、横山さんのご縁で南相馬市の原町第三小学校で俳句の出張授業を実施することができた。

俳句フォトエッセイ

荒梅雨や母とおんなじモーニング

突然、母のことを思い出した。きっかけはモーニングである。このカフェの、この同じ場所に座って、母も同じモーニングを食べていたことに、思い当たった。家から歩いて約2 分ほどにある上島珈琲店である。ここは一人で暮らしていた母の絶好の居場所であった。母は93歳まで生きた。あと一ヶ月で94になるはずだった。93歳の時、母はこの珈琲店のこの席に座り、小説を書いている。「丸火鉢」と題するこの小説は母が父と出逢う前、結婚するはずだった男との関係を描き、次第に父に心を惹かれていった事情が克明に描かれている。母は戦後すぐ、親戚を頼って川崎に居を構えた。