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ラコステのコート手に入れ寒詣

小山正見

この日はラコステのコートを買い、湯島天神に詣でた。
ダウンのコートを買いたかった。今着ているコートの色が褪せてきたからだ。コートの色は黒だった。
ところが、ある日
「先生のコートは黒だと思っていたら紫なんですね」
相手は褒めたつもりであるが、ぼくは「これはまずい」と思った。明らかに変色しているのだ。
若い人は何を着ても格好良く見えるが、老人が変なものを着ているとみすぼらしいだけだ。
そこで新しいダウンコートを買おうと決意した。いくつかの店を見に行ったこともある。しかし迷って決め切れなかった。
ぼくは、これまで自分の洋服を自分で買ったことはほとんどなかった。妻に任せきりだったし、相談して買った。つまり、判断を人に委ね続け自分で決断することを避けてきた。
妻の病気が進行してからは、そうはいかなくなった。そこで、ほとんど洋服を買っていない。
時々、近くの古着屋でシャツを買った。280円とか560円。これなら失敗しても許容範囲だ。
古着屋でコートを探した。良さそうなものは2万も3万もする。
「それなら新しい方がいい」
渋谷に出かけた。
ノースフェイスというブランドがある。マークが大きすぎるのは気に食わないが、いかにも暖かそうだ。
試着してみた。鏡で姿を見た。
余りにもモコモコで、まるで「着ぐるみ人形」になった気分だ。もう少しスッキリしたデザインのものを探したが、生憎売り切れだった。
買えなかったことで、何だかホッとした。決断しなくて済んだからだ。
近くの店にもコートが掛かっていた。
少し薄いがスッキリしたデザインのコートがある。
「これならいいかな」
と思いながら一方では「困った」と思った。決断を迫られているからだ。若い店員が一生懸命説明してくれる。「サイズが合わない」と言うと丁度良いサイズのものを探してきてくれる。段々追い込まれてきた気分だ。その時、ワニのマークに気がついた。
「この店、ラコステ?」
店員は不思議そうな顔をして
「そうです」
と言う。
ラコステは馴染みのある店だ。ズボンもジャケットも買った。
勇気を出して、
「じゃあ、これください」
と言いながら心の中ではまだ迷っている。
「店員に押し切られた」
「ラコステならいいか」
言い訳をまだ探している。
湯島天神の石段を登りながら、「決断できたことは吉かもしれない」と考えることにした。