俳句フォトエッセイ2026.06.16古墳百段登り切つたり夏盛ん小山正見所属する梓俳句会の宿泊吟行会であった。15年前、大変にお世話になっていたTさんに誘われて、創刊から同人となった。しかし、当時は俳句のことも結社のことも何一つ知らなかった。「作品を出せ」と言われてびっくりしたというのが実情だ。それから15年。年に40句は投稿を続けている。句集『大花野』は梓の10周年記念作品募集の中で生まれた。幼稚だったぼくを俳句の世界で鍛えてくれたのが梓俳句会だ。今回の合宿吟行会の目的地は熊谷だった。高校の先生でもあるNさんが全てを取り仕切ってくれた。詳細なしおりを作って下さったが、ぼくが確かめたのは、「熊谷駅午前10時」という集合時刻だけだ。そこで合流できれば、あとは何とかなる。コンビニのATMで、適当な金額を引き出して、財布に入れた。参加費を払わねばならない。こればかりはSuicaやクレジットというわけにはいかないだろう。貸切バスで連れて行っていただいたのは、さきたま古墳群だった。思い出せば聞いたことがあるが、もちろん初めてだ。車窓から田んぼが見える。住宅とパッチワークの植田かな大小幾つもの古墳が点在している。古代の人々はこんなところに暮らしていたのか。古墳群全て水辺や葦茂る気温がぐんぐん上がる。夏の空が眩しい。埼玉と書きて「さきたま」夏の空史跡の博物館もあり、まず見学した。復元の須恵器大甕麦の秋大王に仕へし剣や赤かがし夏の日差しの中をみんなの後をついて古墳巡りした。冷たいものが飲みたくなる。水分を補給しなければならない。エビアンか天然水か夏きたる古墳までの階段が目の前に伸びる。百段あるという。勇気を出して登った。これが冒頭の句だ。次に向かったのは通称行田タワーだ。ここは蓮が有名だが、咲くには半月ほど時間がいるようだ。タワーに登ると周りに田圃が広がっている。毎年田圃アートが行われる。「ここなのか」この歳になって初めて知ることの何と多いことか。旗点々田圃アートとなる代田俳人はこうした吟行を積み重ねて物事を知っていく。ぼくも可能な限りその跡をついていくことにしよう。
所属する梓俳句会の宿泊吟行会であった。15年前、大変にお世話になっていたTさんに誘われて、創刊から同人となった。しかし、当時は俳句のことも結社のことも何一つ知らなかった。
「作品を出せ」
と言われてびっくりしたというのが実情だ。それから15年。年に40句は投稿を続けている。句集『大花野』は梓の10周年記念作品募集の中で生まれた。
幼稚だったぼくを俳句の世界で鍛えてくれたのが梓俳句会だ。
今回の合宿吟行会の目的地は熊谷だった。
高校の先生でもあるNさんが全てを取り仕切ってくれた。詳細なしおりを作って下さったが、ぼくが確かめたのは、「熊谷駅午前10時」という集合時刻だけだ。
そこで合流できれば、あとは何とかなる。コンビニのATMで、適当な金額を引き出して、財布に入れた。参加費を払わねばならない。こればかりはSuicaやクレジットというわけにはいかないだろう。
貸切バスで連れて行っていただいたのは、さきたま古墳群だった。思い出せば聞いたことがあるが、もちろん初めてだ。
車窓から田んぼが見える。
住宅とパッチワークの植田かな
大小幾つもの古墳が点在している。古代の人々はこんなところに暮らしていたのか。
古墳群全て水辺や葦茂る
気温がぐんぐん上がる。夏の空が眩しい。
埼玉と書きて「さきたま」夏の空
史跡の博物館もあり、まず見学した。
復元の須恵器大甕麦の秋
大王に仕へし剣や赤かがし
夏の日差しの中をみんなの後をついて古墳巡りした。冷たいものが飲みたくなる。水分を補給しなければならない。
エビアンか天然水か夏きたる
古墳までの階段が目の前に伸びる。百段あるという。勇気を出して登った。これが冒頭の句だ。
次に向かったのは通称行田タワーだ。ここは蓮が有名だが、咲くには半月ほど時間がいるようだ。タワーに登ると周りに田圃が広がっている。毎年田圃アートが行われる。「ここなのか」この歳になって初めて知ることの何と多いことか。
旗点々田圃アートとなる代田
俳人はこうした吟行を積み重ねて物事を知っていく。ぼくも可能な限りその跡をついていくことにしよう。