俳句フォトエッセイ2026.01.22松過ぎて溢れ出したるごみの山小山正見正月明けのごみの山は、想像を超える。さほど大きくもない収集車の中にこれだけのごみがよく入るものだと感心する。夕方には何処もかしこもごみの山は消え、いつもの町に戻っている。しかし、このごみ処理能力がなければ都市は成り立たない。子供の頃、父親が庭に穴を掘っていた。生ごみを捨てるためだ。いっぱいになると埋めて、また別の場所に穴を掘る。こんな時代もあった。し尿処理の仕方も劇的に変わった。ほとんど全ての家庭がし尿を溜める「ぼっとん便所」だった。ぼっとん便所は臭くて怖かった。汲み取り屋さんが来て、柄杓で掬って持って行った。それがバキュームカーに変わった。水洗便所も簡単にはいかなかった。最初のうちは、自費で浄化槽を作らないと下水に流せなかった。下水道が整備され、水洗便所が普及し始めたのは1970年頃と言われるから、つい最近とも言えよう。大量の水があって初めて水洗便所が使えることを考えると、水資源のインフラもこれに絡んでくる。八木沢ダムなどの巨大ダムが作られる一方、ぼくの住んでいた墨田区では、雨水や再生水などの利用も呼び掛けられてきた。それに電力も当然絡んでくる。電気がなければ、ポンプ一つ動かすこともできないからだ。こんな風に考えていくと、ぼくらの生活の裏には巨大なインフラのネットワークがあることになる。道路の陥没が各地で問題になっているが、当たり前と思ってきたインフラの耐久期限があちこちにきているようだ。山となったごみの中身はなんだろう。訳の分からぬ不思議なものが渦巻いているに違いない。都市のインフラもこんがらがって訳がわからなくなっているのではあるまいか。
正月明けのごみの山は、想像を超える。さほど大きくもない収集車の中にこれだけのごみがよく入るものだと感心する。
夕方には何処もかしこもごみの山は消え、いつもの町に戻っている。
しかし、このごみ処理能力がなければ都市は成り立たない。
子供の頃、父親が庭に穴を掘っていた。生ごみを捨てるためだ。いっぱいになると埋めて、また別の場所に穴を掘る。こんな時代もあった。
し尿処理の仕方も劇的に変わった。ほとんど全ての家庭がし尿を溜める「ぼっとん便所」だった。ぼっとん便所は臭くて怖かった。汲み取り屋さんが来て、柄杓で掬って持って行った。それがバキュームカーに変わった。水洗便所も簡単にはいかなかった。最初のうちは、自費で浄化槽を作らないと下水に流せなかった。下水道が整備され、水洗便所が普及し始めたのは1970年頃と言われるから、つい最近とも言えよう。
大量の水があって初めて水洗便所が使えることを考えると、水資源のインフラもこれに絡んでくる。八木沢ダムなどの巨大ダムが作られる一方、ぼくの住んでいた墨田区では、雨水や再生水などの利用も呼び掛けられてきた。
それに電力も当然絡んでくる。電気がなければ、ポンプ一つ動かすこともできないからだ。
こんな風に考えていくと、ぼくらの生活の裏には巨大なインフラのネットワークがあることになる。
道路の陥没が各地で問題になっているが、当たり前と思ってきたインフラの耐久期限があちこちにきているようだ。
山となったごみの中身はなんだろう。訳の分からぬ不思議なものが渦巻いているに違いない。都市のインフラもこんがらがって訳がわからなくなっているのではあるまいか。