俳句フォトエッセイ2026.06.24父の日の父の思ひ出す詩祭かな小山正見昨日、詩人の青木由弥子さんから「Rurikarakusa」が送られてきた。一種の同人誌だが、A4縦型1ページが一人に割り当てられ、3段に組まれている。つまり、三つ折りにすると定型の封筒に入れることができるのだ。製本が要らないし、郵送費を格段に節約することができる。その「Rurikarakusa」に宮田直哉の詩が載っていた。宮田直哉はぼくも加入している詩誌「カナリア」の編集長で期待される若手の詩人だ。2024年度には福田正夫賞を受賞している。メールで簡単な感想とお礼を送ったら、すぐに返信があった。その中で「明日は詩祭です」の一言があった。「詩祭?」聞いたことがある。一枚の写真を思い出した。「日本の詩祭2001」である。この写真を撮ったのはぼくではないが、ぼくは確かこの会に参加している。父・正孝が「先達詩人」として表彰を受けたのがこの年だったのだ。毎年詩壇に功績を認められた詩人が二人から三人選ばれ、表彰されるのが先達詩人だ。この年は、堀内幸枝と小山正孝だった。正孝は晴れがましいことがあまりなかった人だが、前年の丸山薫賞に続く晴れがましい場面だった。正孝は、次の年2002年に他界するが、ぼくはこの辺りから小山正孝という詩人はなかなかのものかもしれないと思い始め、「詩人・小山正孝の世界」というホームページのようなものを作り始めた。そこに「詩を書いてほしい」と父にねだった。そして送られてきたのが次の詩だった。一週間おきに、一連づつ葉書送られてきた。それが、「つばめ横丁雑記抄」だった。つばめ横丁雑記抄 小山正孝(一)この頃 低く飛ぶ つばめの背中に 気がつくつまり 喫茶店の 二階の窓からの眺めである(ニ)今は九月 彼等はそろそろ帰つてしまふイソツプ物語の つばめの話を思ひ出す(三)迷ひこんだ つばめを みて外套を 質に入れこごえ死んだ 馬鹿男(四)ガラス窓の外を つばめが路上に向かって 斜めに 飛んだうしろから 雀が 同じ早さで 飛んだもう 秋だ(五)つばめは 去り雀は 残るガラス窓から 雀だけを見ることになるのかな(六)木枯らしが 吹き木の葉たちが 雀のやうに舞ひおりることになる(七)枯葉が 路上に貼りつくそれを 上から 眺めて ゐる(八)狭ひ煉瓦路を迷つて 飛んでゐるのは僕の魂か最後の連が書かれたのは10月18日である。その3日後の10月21日に正孝は脳梗塞で倒れ、11月13日にあの世に旅立った。
昨日、詩人の青木由弥子さんから「Rurikarakusa」が送られてきた。一種の同人誌だが、A4縦型1ページが一人に割り当てられ、3段に組まれている。つまり、三つ折りにすると定型の封筒に入れることができるのだ。製本が要らないし、郵送費を格段に節約することができる。その「Rurikarakusa」に宮田直哉の詩が載っていた。宮田直哉はぼくも加入している詩誌「カナリア」の編集長で期待される若手の詩人だ。2024年度には福田正夫賞を受賞している。
メールで簡単な感想とお礼を送ったら、すぐに返信があった。
その中で「明日は詩祭です」の一言があった。
「詩祭?」聞いたことがある。一枚の写真を思い出した。「日本の詩祭2001」である。この写真を撮ったのはぼくではないが、ぼくは確かこの会に参加している。父・正孝が「先達詩人」として表彰を受けたのがこの年だったのだ。毎年詩壇に功績を認められた詩人が二人から三人選ばれ、表彰されるのが先達詩人だ。この年は、堀内幸枝と小山正孝だった。正孝は晴れがましいことがあまりなかった人だが、前年の丸山薫賞に続く晴れがましい場面だった。
正孝は、次の年2002年に他界するが、ぼくはこの辺りから小山正孝という詩人はなかなかのものかもしれないと思い始め、「詩人・小山正孝の世界」というホームページのようなものを作り始めた。
そこに「詩を書いてほしい」と父にねだった。
そして送られてきたのが次の詩だった。一週間おきに、一連づつ葉書送られてきた。
それが、「つばめ横丁雑記抄」だった。
つばめ横丁雑記抄 小山正孝
(一)
この頃 低く飛ぶ つばめの
背中に 気がつく
つまり 喫茶店の 二階の窓からの
眺めである
(ニ)
今は九月 彼等は
そろそろ帰つてしまふ
イソツプ物語の つばめの話を
思ひ出す
(三)
迷ひこんだ つばめを みて
外套を 質に入れ
こごえ死んだ 馬鹿男
(四)
ガラス窓の外を つばめが
路上に向かって 斜めに 飛んだ
うしろから 雀が 同じ
早さで 飛んだ
もう 秋だ
(五)
つばめは 去り
雀は 残る
ガラス窓から 雀だけ
を見ることに
なるのかな
(六)
木枯らしが 吹き
木の葉たちが 雀の
やうに舞ひおりる
ことになる
(七)
枯葉が 路上に
貼りつく
それを 上から 眺めて ゐる
(八)
狭ひ煉瓦路を
迷つて 飛んでゐるのは
僕の魂か
最後の連が書かれたのは10月18日である。
その3日後の10月21日に正孝は脳梗塞で倒れ、11月13日にあの世に旅立った。