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ブレーメン通り

俳句フォトエッセイ

新しき百円ショップハロウィーン

九月に入ってからだ。ブレーメン通りに新しい百円ショップができた。これで3軒目だ。先日Seriaが開店したばかりというのに、今度はワッツだ。早速、自転車が店の前に並んでいる。通りに面した場所を占領しているのは、ハロウィングッズだ。まさに季節商品だが、売れ筋なのだろう。ハロウィンは、古代ケルトの祭りが、キリスト教の行事と結びついたものだ。それが日本に入ってきたのはバレンタイン商戦の成功をうけて、二匹目のどじょうを狙ったものかと思っていた。1970年代にキデイランド原宿店がハロウィングッズを売り出し、80年代に入ってイベントを打ち始めたらしい。

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霾(よな)曇りいつたいどこのどなたかな

ブレーメン通りで会釈をされた。何となくお会いしたような気はするが、いくら思い出そうとしても思い出せない。名前を忘れるのは20年前から始まっている。職員の離任式でのことだ。さっきから普通に呼んでいた名前が、朝礼台の上で突然出なくなる。人の名前ばかりか物の名前も出てこない。ある時は「コンビニ」という名前がどうしても出てこなかった。最近はその度合いが進行しているようだ。毎月1回認知症のグループホームで句会のようなものをしている。毎月お会いするのに、その方々の名前が全く出てこないのだ。ただ、ここでは「最近物忘れが激しくなって名前を忘れちゃったからもう一度教えて」と言っても違和感がないからいい。

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春の夜の天麩羅定食せいろ付き

元住吉にはラーメン屋が少なくても10軒以上ある。栄枯盛衰も激しい。知らぬ間に新しい店ができ、知らないうちに閉店している。ラーメン激戦区になったのだ。それと比べて日本蕎麦屋は2軒しかない。両方とも昔からある店だ。ブレーメン通りの富士見庵と駅の反対側のオズ通りにあるやぶ久である。ぼくが好きなのはやぶ久だ。暖簾が格好いいし、竹を配した店内の雰囲気がいいからだ。妻と共に暮らしていた時は、よく2人で来た。妻はとろろ蕎麦を頼むことが多かった。ぼくはいつも野菜天丼だった。今夜は久しぶりのやぶ久。お品書きを眺め、野菜の天麩羅定食に決めた。しばらくしてお膳が運ばれてきた。

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小鳥網高価買取No.1

小鳥網とは、小鳥を捕獲するための霞網のようなもので、今は使用が禁止されている。俳句では秋の季語になっている。ブレーメン通りに新しい店ができた。「こやし屋」という名の貴金属などを買い取る店だ。元住吉にこの種の店は四軒目だ。この場所は昔はブティックだった。長いこと閉まっていたのがようやく開いたらこの店だったというわけだ。巨大な看板が掲げられ、道のあちこちに宣伝のテッシュを配る人が立っている。相当な力の入れようだ。ブックオフもこの街にあるが、中心はすでに本ではない。ブランド物の古着もあればアクセサリーもある。貴金属を買い取る歴史は古代エジプトにすでにあったらしい。

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身に入(し)むや七十年の歯の記憶

写真のケースの中には、抜いたばかりの歯が入っている。歯そのものの写真にしようと思つたが、あまりに汚すぎるのでやめにした。何となく歯がグラグラして少し痛みもある。やむを得ず歯医者に行くことに決めた。しかし、どの歯医者に行くか。元住吉には、歯医者が多い。ブレーメン通りだけで20軒の歯医者がある。迷っても仕方ないので、我が家から一番近い歯医者に行くことに決めた。妻が以前お世話になった歯医者さんだ。その時の印象が悪くなかったからもある。すぐレントゲンを撮られた。医者が言う。「乳歯ですね。これは抜くしかありませんね。」びっくりだ。

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ブレーメンフライマルクト秋高し

東急線元住吉の駅前である。西口のこの通りをブレーメン通りと言う。ぼくが子供の頃は元住吉西口商店街と言っていた。いつの間にかこの通りが「ブレーメン通り」となり、駅前にはブレーメンの音楽隊の像が建てられてた。名前が変わったのは1980年代の後半らしい。丁度バブルの全盛期である。全国各地でスーパーマーケットが力を増し、駅前の個店は窮地に立たされてつつあった。この危機を救おうと市と協力してモール化する構想が生まれた。商店街の道を石畳にし、街灯などもヨーロッパ調に統一。名前も色々探し「ブレーメン商店街」に決めたらしい。この通りに今はバスは通っていない。12時を過ぎると車も進入禁止だ。

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スイーツや(屋)残る暑さを食ひに行く

初案は「秋来たりスイーツの店誕生す」だったが、今日はあまりに暑いので、句を変更した。ブレーメン通りに新たにスイーツ屋が開店した。この店があった前は、酸素で体をなんとかというショップだった。その前はタピオカの店だった。さらに遡るとソフトバンクのショップがあった。くるくると変わって一昨日からスイーツ屋だ。ぼくにとってのスイーツのルーツは70年前に遡る。「グラニュー糖」だ。ぼくの祖父は医者だった。グラニュー糖はその薬局にあった。お手伝いをすると、グラニュー糖を薬包に包んでご褒美としてくれた。人差し指につけて舐めた。年に数回ケーキが出た。当時のケーキはバタークリームが主で好きではなかった。

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梅雨明を今か今かと石畳

写真をよく見ると石畳の色が違うのがわかるだろうか。色の違う部分は、つい先日掘り返して工事をしていた箇所である。しかし、一日で元の石畳に戻っている。実はカッターで切れ目を入れて石畳調にしているのだ。丈夫だし、見た目も良い。ブレーメン通りがこの石畳に至るまでには紆余曲折があったが、ここでは省く。この道を通って、ぼくは駅へと向かい仕事に出かける。しかし、最近「老いた」と感じることがある。一つは歩行のスピードだ。ぼくは懸命に歩いているつもりなのに、隣のスマホを見ながら歩いている兄ちゃんに敵わない。若い女の子にもどんどん抜かされる。次は階段だ。

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ごみ拾ふ明日は七夕星祭

朝の元住吉ブレーメン通りに出たら、青年がごみ拾いをしていた。緑の腕章に「防犯」という文字。どこの団体だろう?手に持ったビニール袋にはそれなりにごみが入っている。通りはきれいだと思っていたが、結構ごみがあるものだ。また一人、また一人と緑の腕章の人がいる。その先にいたのが写真のこの人。ブレーメン商店街を守る白い鎧の騎士ブレストである。ブレーメン商店街の守り神である。しかし、意外に歴史は浅く、一昨年の10月に初めてお披露目されたばかりだ。この暑い中、鎧を纏っての清掃活動は誠にご苦労様と言いたい。「街がきれい」というのは、文化だろう。

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トリオンにちよいと加わり春うらら

トリオンというのは、元住吉のブレーメン通りのヒーローである。ドイツの国旗の色に因んで赤と黒と黄色の三色の衣装に身を包んでいる。ドイツから来日した商店街を守る平和のヒーローという設定だ。お祭りなど特別の時にしかいないのに、なぜいるのかと思ったら、NHKのテレビに取材があったらしい。いいチャンスだと思って一緒に写真を撮ってもらった。今日は月に一回の「サロンde感泣亭」の日だった。午前10時から午後4時。ワンコインでハーブティーなどお菓子が振舞われる。お昼に予約をすると美味しいお昼ご飯も食べられる。この日は豚汁といなり寿司だった。希望する人はミニ教室も楽しむことができる。