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ラブレター

俳句フォトエッセイ

曝書して父の書きたるラブレター ②

父・小山正孝は生前、丸山薫賞をいただいた『十二月感泣集』など、8冊の詩集を刊行している。父の死後、書斎からノートに書かれた膨大な数のソネットが見つかった。『逃げ水』や『愛しあふ男女』と重なる部分があるとはいえ、なぜこれらのソネットを発表しなかったのか。今となっては不思議である。坂口昌明さんがこれらの詩篇を整理し『未完ソネット集』を編んでくださった。これらの詩篇には、正孝のナマの感情が溢れており、そのことが逆に躊躇を生んだのではないかとも思う。母へのラブレターの中にも詩の草稿らしきものが含まれていた。今回は、それを紹介したい。

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曝書して父の書きたるラブレター

母が父からのラブレターをとっていたことは知っていた。小山正孝研究という立場で言えば、『感泣亭秋報』に取り上げるべきテーマだった。資料として大きな価値があることは確かだ。しかし、あまりにも細かな字で書かれているために読み取れなかった。ぼく自身が白内障だったせいもある。誰かに読んでもらえばよかったのだが、その時は気が付かなかった。今朝、久しぶりに取り出して読んでみたら読める。白内障の手術を済ませたということもあるが、朝の早い時間だとまだ目が疲れていないからだろう。そこで、少しずつできる範囲で書き起こすことに決めた。順不同だが、最初は結婚6年目に書かれた手紙だ。

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青春の六十年後の秋の暮

ぼくが通っていた高校、都立田園調布高校の第14期の同期会である、55名が集まった。新宿の地下の薄暗いカフェが会場だった。何人から「おー!小山」と声を掛けられたが、名前を見ても思い出せない。同じクラスで仲の良かった子はいたが、姿はなかった。高校3年間の大きな出来事と言えば、一つは学校のすぐ隣を新幹線が通ったこと。授業中にクラス全員で通過する新幹線を見に行った。もう一つは東京オリンピックがあり、国立競技場で観戦したことである。ぼくは円谷が一万メートルで6位に入賞した場面を目撃している。恋の芽生えがあったのも高校時代だった。浜口(仮名)さんという女の子が好きになった。