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少子化

俳句フォトエッセイ

秋冷や渋谷西武の廃墟めく

「渋谷西武」が閉店した。これで、渋谷に百貨店は無くなった。渋谷西武百貨店が開店したのは、1968年だ。さらに渋谷パルコが73年に開店している。新しい文化が生み出され、公園通りは、若者のメッカとなった。渋谷が若者の街となったのは、西武の力によるところが大きい。ぼく自身は、西武のファッションにはまるで興味はなかったが、西武が起点になって作った渋谷の街並みと雰囲気はとても好きだった。閉店して数日、渋谷西武があった場所を歩いた。まだ、片付けは続いているらしい。建物の中から物品が運び出され、トラックに積み込まれている。デパートの看板やショーウィンドウは、既に閉鎖されている。

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秋灯し東京駅のウエディング

東京駅の前である。秋雨の合間を縫って、結婚式の写真の前撮りが行われていた。何組ものカップルが順番待ちをしている。この光景だけを見ていると、「少子化」という現実が信じられないほどだ。しかし、日本の少子化は凄まじい勢いで進んでいる。昨年の出生数は約67万人。前年に70万人を割り込み、さらに過去最少を更新した。子どもの数が最も多かった時と比べると、約75%減ったことになる。このまま減少が続けば、日本の人口は100年後には3千万人台になるという推計もある。極端にいえば、日本という国の行く末さえ案じられる。出生数の減少の背景には、若者の未婚化・晩婚化があるといわれている。

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幼子の楽園となる冬日向

先日、夕暮れの子供たちの自転車が群れている写真を撮ったのと同じ公園である。今日は保育園の幼児が公園内を駆け回っている。ブランコに興じている子もいれば、滑り台に夢中になっている子もいる。少子化、少子化というが結構子供は、いるではないかと錯覚してしまう。昔は設置基準が厳しく、園庭がないと保育園は認められないという規制があった。しかし、誰もが子供を保育園に預ける時代となり、保育園の数は激増した。マンションやビルの一室でも保育園が成り立つようになった。その結果、公園を運動場代わりに活用するようになったということだろう。共働きしないと暮らせない時代。これは当然の施策だろう。

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こだまする幼子(おさなご)の声秋日和

天候が回復し、日がさしてきた。病院に行ったついでに、久しぶりに中原平和公園に足を向けた。ここには妻とよく来た。2020年、新型コロナウイルスが流行った年だ。3月に入り学校が休校になった。教育委員会に所属していたぼくも、自宅待機となった。確か、それが5月の終わりまで続いた。もしかしたら毎日のように、ぼくらはこの公園に来ていたかもしれない。家から適当な距離だし、広くて気持ち良い。運動にもなる。コロナの感染の危険も少ない。「密を避けろ」と盛んに言われていた頃だ。ぼくはこの公園の花壇に咲いている草花を見て生きるとは密になること姫女苑と詠んだ。この公園はかつては米軍の印刷工場だった。

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気に入りの本を持ち寄る梅雨の夜

もう一年以上前になるだろうか。イケメンの青年が感泣亭を訪ねてきた。「読書会をしたいのですが、会場を貸してくれませんか」今時、奇特な青年がいるものだ。それから毎月一回土曜日の夜に「読書会」が始まった。ルールは簡単である。参加者が自分の推薦する本を持ち寄り、それについて代わりばんこに語る。スルーして終ることもあるし、議論になることもある。ぼくには、このやり方は新鮮だった。読書は一人でするものと長い間思ってきたからだ。時に人に読んだ本を薦めることあったが、こうして皆で持ち寄ってその話をするという習慣はなかった。梅雨に入ったこの夜、急に参加できない人もいていつもより少人数だった。

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廃屋を喰ひ始めたり青き蔦

散歩の途中である。改めて、しげしげと眺めてしまった。まだ古い家ではない。意匠をこらし、お洒落な一軒家である。誰も住んでいないことは、明らかだ。白く塗られた家を青蔦がぬめぬめと這い上がっていく。飲み込まれてしまうのは、時間も問題であるかのようにも感じられる。廃墟ツアーというのが、あるそうだが、ぼくが見た無惨な廃墟の一つは、長崎の軍艦島だ。軍艦島の名称は、外観が戦艦「土佐」に似ているところからついた。20世紀前半は質の良い石炭が取れることから大いに採掘が進んだ。「端島炭鉱」と呼ばれた。高層の住宅が作られ、1960年頃には、5000人が住んだと言われる。それが、エネルギー政策の転換で廃坑になった。