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教育委員会

俳句フォトエッセイ

台風来黒光りするアスファルト

この時期に2つの台風が関東に接近するのは珍しいのではないか。施設によっては土日の二日間を閉館とするところもある。追い討ちをかけるように、夜には大きい地震が起きた。それも震源地が富士山に近いとなると、「何かあるのではないか」と心配になったりする。ぼくの台風の記憶の最初は、多分昭和34年の伊勢湾台風である。矢上川が決壊し、我が家も水浸しになった。床下浸水程度である。水の中を下駄を履いて遊び回った。当時、各家庭のトイレは組み取り式だったはずだ。汚穢が流れ出し、不潔極まりなかったはずだ。今考えるとゾッとする。時代が飛んで、学校の管理職になってからの記憶。毎年の台風時の対応に苦慮した。

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こだまする幼子(おさなご)の声秋日和

天候が回復し、日がさしてきた。病院に行ったついでに、久しぶりに中原平和公園に足を向けた。ここには妻とよく来た。2020年、新型コロナウイルスが流行った年だ。3月に入り学校が休校になった。教育委員会に所属していたぼくも、自宅待機となった。確か、それが5月の終わりまで続いた。もしかしたら毎日のように、ぼくらはこの公園に来ていたかもしれない。家から適当な距離だし、広くて気持ち良い。運動にもなる。コロナの感染の危険も少ない。「密を避けろ」と盛んに言われていた頃だ。ぼくはこの公園の花壇に咲いている草花を見て生きるとは密になること姫女苑と詠んだ。この公園はかつては米軍の印刷工場だった。

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八名川は聖地の一つ秋高し

「聖地」というのは、僕にとってのという意味である。江東区立の八名川小に赴任したのは21年前のことである。6年間在籍したが、その後もなんだかんだと出入りしている。八名川小の靴箱にはまだぼくの名前が残されている。この八名川町の古地図、実は東京駅の「銀の鈴」のある床にプリントされているものだ。新大橋の位置は今とは違っているように見える。現在は「八名川町」という地名はなく、常盤町や新大橋になっている。「八名川」の地名が残っているのは、小学校とその隣の八名川公園だけである。その八名川小に赴任して最初に掲げたスローガンは「ワンランク上の教育」というものだった。丁度、学校選択制が始まった頃である。

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春疾風久保建英の豪快弾

風邪を引いたのか何もする気がしない。テレビをつけたらW杯最終予選、日本-バーレーン戦をやっていた。前半は、もどかしい試合展開だった。ボール保持は日本が圧倒しているが、攻め倦んでいるもどかしさが伝わってくる。後半は、圧巻だった。久保建英だ。獅子奮迅の働きだ。ドリブルで相手を抜き、シュートチャンスを作り出す。守備に戻って相手の攻撃を止める。そして、鎌田の先制弾を演出した。最後は自ら難しいシュートを決め切った。舌を巻く活躍だ。しかし、ぼくは久保のファンになるかと言えば、きっとならないだろうと思った。最近「推し」という言葉が流行っている。