俳句フォトエッセイ2026.08.01台風来黒光りするアスファルト小山正見この時期に2つの台風が関東に接近するのは珍しいのではないか。施設によっては土日の二日間を閉館とするところもある。追い討ちをかけるように、夜には大きい地震が起きた。それも震源地が富士山に近いとなると、「何かあるのではないか」と心配になったりする。ぼくの台風の記憶の最初は、多分昭和34年の伊勢湾台風である。矢上川が決壊し、我が家も水浸しになった。床下浸水程度である。水の中を下駄を履いて遊び回った。当時、各家庭のトイレは組み取り式だったはずだ。汚穢が流れ出し、不潔極まりなかったはずだ。今考えるとゾッとする。時代が飛んで、学校の管理職になってからの記憶。毎年の台風時の対応に苦慮した。休校にする、登校時刻を繰り下げるなどの判断が難しかった。休校にしたら、台風が通り過ぎて快晴になったとか、登校時刻を繰り下げたら、その時が一番風雨が強くなったなど、台風は先が読めないからだ。結果として打ち出したのは「学校は通常通りに行う」「児童の登校は保護者の判断に委ねる」という方針だった。風雨の中での登校は低学年と高学年では状況が異なる。学校の目の前に住んでいる児童もいるし、遠くから通う子もいる。保護者の状況や考え方も異なる。子どもだけ家に残せない家庭もあるはずだ。そんな風に考えた。教職員についても事情は同じだが、「出勤」を求めた。やむを得ない時はあるだろう。究極の状況では、全員を体育館で遊ばせれば良い、とたかを括った。その背景は2つあった。一つは、学校選択制の当時の状況では「休む」学校と「やる」学校では、保護者は「やる」学校を選ぶに違いないと考えたことだ。もう一つは、ぼく自身が「モーレツ」時代を過ごし、その考え方に毒されていたことだ。「休むことは悪だ」という考え方が体の芯まで染み渡っていたのだろう。今だったらどう考えるか。その後は、各学校ごとの判断ではなく、区の教育委員会が一括して自然災害時の対応を決める風に変わってきている。まぁ安全第一主義だが、今の社会の空気を反映しているように感じる。窓の外では台風の雨がアスファルトを今も叩きつけている。
この時期に2つの台風が関東に接近するのは珍しいのではないか。
施設によっては土日の二日間を閉館とするところもある。追い討ちをかけるように、夜には大きい地震が起きた。それも震源地が富士山に近いとなると、「何かあるのではないか」と心配になったりする。
ぼくの台風の記憶の最初は、多分昭和34年の伊勢湾台風である。矢上川が決壊し、我が家も水浸しになった。床下浸水程度である。水の中を下駄を履いて遊び回った。当時、各家庭のトイレは組み取り式だったはずだ。汚穢が流れ出し、不潔極まりなかったはずだ。今考えるとゾッとする。
時代が飛んで、学校の管理職になってからの記憶。毎年の台風時の対応に苦慮した。
休校にする、登校時刻を繰り下げるなどの判断が難しかった。
休校にしたら、台風が通り過ぎて快晴になったとか、登校時刻を繰り下げたら、その時が一番風雨が強くなったなど、台風は先が読めないからだ。
結果として打ち出したのは「学校は通常通りに行う」「児童の登校は保護者の判断に委ねる」という方針だった。
風雨の中での登校は低学年と高学年では状況が異なる。学校の目の前に住んでいる児童もいるし、遠くから通う子もいる。保護者の状況や考え方も異なる。子どもだけ家に残せない家庭もあるはずだ。そんな風に考えた。
教職員についても事情は同じだが、「出勤」を求めた。やむを得ない時はあるだろう。究極の状況では、全員を体育館で遊ばせれば良い、とたかを括った。
その背景は2つあった。一つは、学校選択制の当時の状況では「休む」学校と「やる」学校では、保護者は「やる」学校を選ぶに違いないと考えたことだ。もう一つは、ぼく自身が「モーレツ」時代を過ごし、その考え方に毒されていたことだ。「休むことは悪だ」という考え方が体の芯まで染み渡っていたのだろう。今だったらどう考えるか。
その後は、各学校ごとの判断ではなく、区の教育委員会が一括して自然災害時の対応を決める風に変わってきている。まぁ安全第一主義だが、今の社会の空気を反映しているように感じる。
窓の外では台風の雨がアスファルトを今も叩きつけている。