風薫る立原道造てふ詩人
感泣亭で「立原道造を語ろう」という会が行われた。建築家でもあった立原の描いた図面や別所沼に建てられたヒヤシンスハウスなどが話題の中心になった。立原道造は、言葉の美しさと独特の抒情を持つ詩人で24歳で夭折した。
俳句フォトエッセイ感泣亭で「立原道造を語ろう」という会が行われた。建築家でもあった立原の描いた図面や別所沼に建てられたヒヤシンスハウスなどが話題の中心になった。立原道造は、言葉の美しさと独特の抒情を持つ詩人で24歳で夭折した。
俳句フォトエッセイ夜になるとまだ寒い。その上、冷たい雨だ。駅から家までの距離が遠く感じる。ようやく我が家だ。鍵を開けて中に入ると暖かい。寒さからやっと解放された気分だ。母が亡くなってから、ぼくはこの家に住んでいる。丸12年ということになる。表には、小山正孝の表札がまだある。今の家が建ったのは、今から60年前だ。我が家があるこの場所は、同潤会の分譲住宅だった。6畳、4畳半、3畳に狭い台所が付いていた。老朽化が進み、引越しも検討したようだが、結局家を建て直すことを選んだ。設計を依頼したのは、建築家の生田勉氏。