俳句フォトエッセイ2026.09.01『青波』の余韻七月終わりけり小山正見封筒が届いた。田中拓也先生からである。中身は歌集。先生の最新の歌集『青波』だった。田中先生とお目にかかったのは、江東区時代である。記憶は定かではないがコロナの前だったと思う。確か、先生は都立城東高校で教鞭を取られていたはずだ。一回学校俳句研究会の集まりにおいでになったことがある。次にお目にかかってのは、立川にある都立立川国際高校附属小学校での授業の際だった。先生は国際高校へ転勤されていた。そして、授業を見に来てくださったのだ。先生の歌集『青波』には、コロナ下を含むこの5年の作品が収録されているが、先生はその間に、お父様、お母様を亡くされ、そのテーマが歌集の中心にあった。生々しい現実と著者の心の葛藤が迫ってくる。もう何も食べない父の脇に立つリュックサックを床におろしてまだ閉じぬ父の瞼に触りたり霊安室の静けさの中現世の父と別るる一日なり 九月十五日空晴れわたる終章のごとき家族の時間なりふたりで食べているあんぽ柿生きすぎた生きすぎたよと繰り返す母の言葉が低く響きぬ三万三千余日を生きてひっそりたった一人で母は逝きたり一人きりベッドの上で誰のことを思っていたか今際の際に歌集は、汚れたる雪の積まれし側道に光さしこむ一処ありの歌で終わっている。
封筒が届いた。田中拓也先生からである。中身は歌集。先生の最新の歌集『青波』だった。
田中先生とお目にかかったのは、江東区時代である。
記憶は定かではないがコロナの前だったと思う。確か、先生は都立城東高校で教鞭を取られていたはずだ。
一回学校俳句研究会の集まりにおいでになったことがある。
次にお目にかかってのは、立川にある都立立川国際高校附属小学校での授業の際だった。先生は国際高校へ転勤されていた。そして、授業を見に来てくださったのだ。
先生の歌集『青波』には、コロナ下を含むこの5年の作品が収録されているが、先生はその間に、お父様、お母様を亡くされ、そのテーマが歌集の中心にあった。
生々しい現実と著者の心の葛藤が迫ってくる。
もう何も食べない父の脇に立つリュックサックを床におろして
まだ閉じぬ父の瞼に触りたり霊安室の静けさの中
現世の父と別るる一日なり 九月十五日空晴れわたる
終章のごとき家族の時間なりふたりで食べているあんぽ柿
生きすぎた生きすぎたよと繰り返す母の言葉が低く響きぬ
三万三千余日を生きてひっそりたった一人で母は逝きたり
一人きりベッドの上で誰のことを思っていたか今際の際に
歌集は、
汚れたる雪の積まれし側道に光さしこむ一処あり
の歌で終わっている。